
サイマル創業3年目から60年近く、第一線で活躍し続ける会議通訳者の長井鞠子さん。メディアにも多数出演し、通訳者という存在や仕事の魅力を広めています。今回は、そんな長井さんの通訳人生をQ&A形式で2回にわたり大特集。前編では通訳に関する様々な「人」をテーマにお届けします。
長井鞠子さんに聞く! 「人」に関する6つの質問
これまで通訳して特に印象に残っている人
石原慎太郎氏ですね。いつも指名してもらって専属の通訳のようだったから。私の著書(『伝える極意 – 集英社新書』)でも書きましたが、石原氏は忖度しない人なので「この人は本番で何を言うかわからない」という緊張感がありました。ご自身の言葉で発言される姿勢、そして少し天邪鬼なところが個人的に面白くてとても好きでしたね。
■こちらの記事では、石原慎太郎氏との長いご縁についてご紹介しています
若い頃に通訳して印象に残っているのは、世界的指揮者のズービン・メータ氏です。TV番組のインタビュー現場で「事前に決められた質問には答えたくない。そんなインタビューをやるなら帰る!」と言って本当に帰ろうとしたの。とっさに「質問は事前に伝えません」と彼にお伝えして、なんとか切り抜けました。インタビューでそんな事を言う人がいるのか……と、とても驚いた記憶があります。
あとはカルロス・ゴーン氏も印象に残っていますね。彼は英語ネイティブではないけれど、声に力があって発言内容がとても分かりやすく、コミュケーション能力がずばぬけて高かった。どんな場面のどんな会話でも、単刀直入に伝えられるところは凄かったです。
歴代大統領など、数多くの政治家の中で特に印象的だった人
長年G7で各国大統領や日本の首相の通訳をしてきたけれど、その中でもバラク・オバマ大統領が群を抜いて印象深いですね。オバマさんは話すスピードも速すぎず、説明に無駄がないので通訳はしやすかったです。ただ法律家ということもあって、使う言葉が怜悧かつ理知的で非常に考え抜かれた内容なので、正しく通訳するために彼と同じレベルまで理解力を高めなければと必死でした。それこそ、彼の脳に分け入って通訳するイメージ。よくできた時もあるけど、もっともっとできたんじゃないかと思うこともありましたね。

通訳しやすい人、通訳しにくい人
通訳をしやすいと感じるのは、自分の言葉で相手にきちんと伝えたいと思っている人。用意された原稿をただ読むのと、相手に伝えたいという情熱を持って自分の言葉で伝えるのとでは、言葉選びも重みも違います。伝えたいという明確な意志があると、相手にもそれが伝わります。そういう場合は通訳しやすいし、通訳したいと思いますね。最近の政治家はコミュニケーション能力も高く、自分の言葉で話す方が増えたなと感じます。英語も伝え方も上手だなと感じる政治家もいます。
逆に通訳しにくいと言えば、やたらと代名詞を使う人は困りますね。例えば「あれがこうなってどうなった」と言われても、通訳する側からは「あれって何?」となるわけ。代名詞だと、その言葉の背景に何があるのかわからないので、通訳できなくて困ることがあります。

これまでの通訳人生で影響を受けた人
私をサイマルに誘ってくれたMM(村松増美)とTK(小松達也)ですね。 MMは一緒に仕事をすると、私の通訳のミスやおかしかったところをメモにして渡してきたの。私はそれをMMのラブレターと呼んでいました。「もう二度と同じ注意を受けないぞ!」と負けん気で努力したからこそ、通訳者として成長することができました。当時は悔しかったし嫌だったけど、今では本当に感謝しています。
またMMは後輩を育てる、教育するということを常に考えていた人でした。よく「落語を聞いて話術を磨け」と言われていました。落語の話の間、声の高低、話術は通訳技術に活かせるからです。若い頃はピンと来なかったけど、最近ようやく聞くようになってきました。私も、話術は通訳者にとって大変重要 だと感じています。
お客様から「すとんと胸に落ちる通訳」「長井さんが通訳してくれると自分が英語を話せるようになった気がする」「長井さんの通訳を聞くと、その状況をビジュアルでイメージできる」といった誉め言葉をもらったことがあります。とても嬉しかったので今でも覚えているけど、MMの教育があって話術をみがけたからこそだと思っています。
TKは甘えていた私をしっかり注意してくれた人です。大学を卒業してすぐに通訳者になった当時は、通訳者が少ないこともあって、多少通訳の出来が悪くても仕事をもらえていたし、特に若い女性の通訳がいなかったからちやほやされていたの。TKはそんな私に向かって「ちやほやされていい気になっていないか?」と喝を入れてくれました。先輩に比べて自分は実力不足だと自覚はしていたので、その一言で目が覚めて、プロの通訳者として恥ずかしくないように勉強をするようになりました。
「この人には敵わない」と感じる通訳者
私よりパフォーマンスのいい通訳者はいっぱいいます。サイマル通訳者の中にもライバルと感じている人は多いですよ。ライバルがいるのはいいことで、一緒に仕事していると学ぶことがたくさんあります。そもそも自分が一番だと思っていないし、自分の通訳に満足しているようではだめ。「まだ足りない、できない」と感じるからこそ、必死に努力し勉強して、通訳者として成長できる のだと思っています。
ちなみに通訳には「淡々と冷静に通訳するスタイル」と「憑依型といって乗り移って通訳するスタイル」の2つがあるけど、私は憑依型。状況によって合う通訳スタイルは変わってくるから、どちらのスタイルが良い悪いというわけではないけど、私はクールに訳せないから、淡々と通訳できる人には憧れますね。
ご自身の若い頃と比べて、今の若手通訳者に感じること
冒険をしない、無難な通訳者が多いと感じることがあります。AI通訳もある時代だからこそ「この人の話だったら聞いてみたい」と思わせるような通訳者になって欲しいです。上まで行ける通訳者は、自分の言葉でどう伝えるか、伝わるかを真剣に考えられる人だと思います。
それから、ネットに頼りすぎている点を危惧しています。同じ単語でも、業界や会社によって違う意味で使われることはよくあるので、私はお客様に直接、どう訳すのが正しいのかを確認してきました。お客様に確認するのは大変なので、毎回聞きに行けとは言わないけれど、ネットで調べた情報を鵜呑みにせず、自分の考えが間違っているかもしないと少し疑ってみてほしいですね。正しい情報を得るための努力は惜しむべきでない と感じています。
今は昔と違って通訳者も多いし、AI通訳やリモート通訳などが環境も変化しているけど、通訳という仕事に誇りをもって頑張っていってもらいたいですね。
■さらに通訳者・長井鞠子に迫る【後編】はこちらから!

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