たくさんの方にご参加いただいた通訳者・翻訳者「あるある」エピソード。今回は特別編として、スウェーデン語とドイツ語の翻訳者・通訳者である中村有紀子さんと、中国語会議通訳者の渋谷千春さんからいただいた3つのエピソードをご紹介します。先日大公開した皆さんからの「あるある」エピソードと合わせてお楽しみください。
翻訳者エピソード編
翻訳者は名探偵
この秋、たまたまスウェーデン語とドイツ語の翻訳の両方で体験したエピソードです。
スウェーデン語の方は、スウェーデンの映画監督に対するビデオインタビューを日本語に訳すという仕事でした。
監督はそのインタビューの中で、ある作品のインスピレーションをドイツの詩人・ゲーテの『ローマ悲歌』という詩から得た、と語り、その「インスピレーションの源」となった一節のスウェーデン語訳を、朗々と引用してくれたのです。
おお、ゲーテとな。
ドイツ語との二足のワラジを履いている私にとっては「はい、お任せください!」と言いたくなるような話題! とは言え、ゲーテの「ローマ悲歌」など実は「タイトルは聞いたことあるが実際に読んだことはない」作品です。しかし、監督が引用したその一節が、原語であるドイツ語でどういう表現になっているかを確認するのはそれほど難しくないはずだと思いました。
で、その問題の「ローマ悲歌」をインターネット上で検索し、最終的には監督が引用したらしい箇所を発見……
…………したのですが。
同時に、もうひとつ別の発見まですることになってしまいました。
それは、
監督の引用が間違っているという発見……(涙)。
念のため問題の箇所のスウェーデン語訳も検索してみたのですが、やはり監督の引用とは単語が違います。おそらく、監督の記憶違いです。
そこで「監督はXXと言っていますが、原典を調べたところ、正しくは〇〇でした。原典に沿って〇〇と訳しておきます」と訳注をつけて納品。
「発言者がそう言っているのだから、そのまま訳せばいい」とも言えるかもしれませんが、この場合、監督の「インスピレーションの源」となったその詩の表現は、XXではなく〇〇であったわけですから、やはり〇〇として訳出するのが適切なのだと思うのです。いやー、引用って怖いな、と感じた出来事だったのですが、
なんと、その少し後に、今度はドイツ語で同じような経験をすることになりました。
今度は、ドイツの作家に対するインタビューの翻訳でした。その作家は、インタビューの中で、
「カミュがこんなことを言っています」
と、フランスの作家、アルベール・カミュの言葉を引用していました。
おお、今度はカミュ。
原語はフランス語となれば、この「カミュの言葉」を原語でチェックすることは私には不可能です。でも、いわゆる「名言」と言われるほどの言葉なら、日本語でも知られているはず。
そこで、まずは「カミュの名言」を日本語で検索してみました。
いろいろ出てきます。
しかし、その作家が引用した意味内容に似たものは見当たりません。
……うーむ。
もしかしたら、それほど有名な文句ではないのかもしれない。その場合には、日本語の「定訳」と呼べそうなものもないだろうし、あまり気にせずに私の言葉で訳してしまってもいいのだが……
……とは思ったものの、念のため、今度は作家の引用したその文句、つまりは「フランス語で言われたカミュの言葉のドイツ語訳」で、そのまま検索してみました。
そうしたら、見事にそのドイツ語訳が「名言」として検索に引っかかったのです。
やったー!
と思った次の瞬間、私の目に映ったのは、その「名言」を残した人物の名でした。
アルベール・カミュではなく、アンドレ・ジイドでした(涙)。
これもきっと、この作家の記憶違いか、あるいは、言い間違いです……
今度はあらためて日本語で「ジイド 名言」で検索したところ、日本語ではこう訳されている場合が多いらしい、という「定訳」らしきものを発見。
その定訳を引用して、さらに「カミュ」を「ジイド」と書き換え「原文では『カミュ』とありますが、この言葉は『アンドレ・ジイド』のものです」と訳注を加えたのでした。
教訓:「人の言っていることは疑ってかかれ」「必ずウラを取れ」
翻訳者の仕事は、探偵の仕事と似ていると思う次第です。
通訳者エピソード編
逃すな! おトイレチャンス! ~笑えないトイレの話
通訳現場に到着したら、まずはトイレへの動線確認。
打ち合わせ後も念のためトイレ、本番前に最後のダメ押しトイレ。
プロとして、最高のパフォーマンスをするためには、膀胱を空っぽにしておくことが何より大切だ。
私がこれほど、トイレ、トイレというのは、極限状態での綱渡りの思い出があるからだ。
昼間の某大臣会合が無事に終わり、静かな料亭での夕食会となった。
メインの席には、両国の大臣とそれぞれの通訳者だけ。掘りごたつの席であった。
まずいことに、開始直後から、私は極度の緊張状態にあった。
休憩時間に飲んだコーヒーがいけなかったのか、料亭に着く前からトイレに行きたくて仕方なかったのであった。
両大臣は学生時代の専攻が同じだったこともあり、お話が弾む、弾む。
トイレのことは忘れなければ、忘れて話に集中しなければ、長くても2時間だ。
あと1時間、あ、随行の方々は、みな気ままにトイレに行っている。ああ、でも私は席を立てない。あと30分。デザートが出た、あと10分。遠のきそうになる意識を何とかつなぎ止め、難しい専門の話を通訳し続ける。もう息も絶え絶えだ。でも、プロだからそんなそぶりは見せられない。スマイル、スマイル。
あ~、やっと終わる~と思ったその時、とんでもない声が聞こえてきた。
「大臣、せっかくですから東京の夜景をご覧にいれましょう」
笑えないトイレのお話は、まだまだ続くのでした。
お弁当はよく見て食べろ~お弁当に潜むリスク
終日の会議の場合、準備されたお弁当がいただけることもある。
ただ、午後の会議も控え、追加の資料が出たり、スピーカーとの打ち合わせが入ったりということで、ゆっくり食べられることはまれで、あわただしくとにかくただおなかに入れることの方が多い。
が、そんな中でも私が肝に銘じているのは「お弁当はよく見て食べろ」ということである。
それには、かつて痛くて心細い思いをした、笑えない思い出があるからだ。
分科会がいくつかある多言語の会議。
多くの通訳者が狭い控室で、午後の資料をチェックしつつ、お弁当を食べていた。
久々にご一緒した通訳者もいたため、にぎやかなおしゃべりもそれに加わった。
と、しまった、これはまずい。のどに違和感。
食べていたのはシャケ弁。
そう、シャケの骨がのどに刺さったのであった。
すぐに取れるかと思ったら、ことのほか大きな骨だったらしく、全然取れない。
鏡を見て取ろうとしたが、やはり取れない。
午後の会議の時間が近づく。まだ取れない。
幸い声は出る。でも、途中で出なくなったらどうしよう。
大きなシャケの骨をのどに刺したまま、不安の中で午後の会議を何とか乗り切った私であった。
その後、〇〇社では、残りのシャケ弁の総点検がなされ、その後は通訳者にシャケ弁は出さない決まりになったとか、ならないとか。
ちなみに、会議が終わっても、シャケの骨はまだ刺さったままであった。
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