コロナ禍での話し方 その2:どのマスクにする?【通訳者と声】

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聞き取りやすい日本語の発音、発声は優れた通訳パフォーマンスには欠かせませんが、マスクをしたまま通訳をすることも多い現在、その重要性はますます高まっています。このコラムでは、通訳者向けのボイストレーニング講座の講師としても活躍する轟美穂さんが、通訳者特有の課題にフォーカスし、声のスキルアップに役立つ情報を紹介します。

マスクの選び方

前回は、マスク着用時の聞き取りやすさについて、自分自身の話し方の工夫とともに、通訳現場での環境調整についても触れました。


今日は、withコロナ下での最大の環境変化であるマスクについてです。誰もが当たり前のようにマスクをつけるようになりましたが、皆さんは、どんなマスクを、どんな理由で選んでいますか?

飛沫防止効果

withコロナ初期には、一国の首脳が「マスク不要論」や「一般人はマスクを買ってはいけない」と公言していた事さえありましたが、現在では「マスクはウイルスの拡散を防ぐために必要不可欠なツールである」という認識が浸透しています。

マスクの飛沫防止効果ついては、日本が誇るスーパーコンピュータ、富岳を使った飛沫飛散シミュレーションをご覧になった方も多いのではないでしょうか?(注1)

この実験では、不織布マスク、綿製手作りマスク、ポリエステル製手作りマスクという素材の異なる3種類のマスクについて、飛沫・エアロゾルの飛散の仕方をシミュレーション、マスクによる飛散抑制効果を評価したところ、

 

  • 不織布マスクはフィルター性能が高い。一方で、隙間から漏れる量が多かった
  • 手作りマスクに関しては、綿製よりもポリエステル製の方がフィルター性能が高かった
  • 一方で、綿製の方がマスクを透過する飛沫の量が多い分、隙間から漏れる量が少なかった
  • 会話時は不織布、夏場や運動時は綿製のマスクにするなど、用途に応じた使い分けが効果的
  • いずれのマスクも多少ならずとも飛沫の漏れはあるので、換気が必要不可欠である

 

ということが示唆され、飛沫防止効果があるマスクは

不織布マスク > 綿・ポリエステル混紡マスク > 平織綿マスク

の順、と報告されていました。

 

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マスク選びで音の差はあるか

感染防止は一番の優先事項ですが、話す仕事に携わる立場としては、マスクによって音の伝わり方が違うのかが気になるところですね。飛沫防止効果が高いほど、より音がこもりやすいのでしょうか?

マスクに関する音響的な研究はまだあまり多くないようですが、ひとつ、興味深い研究報告を見つけましたのでご紹介します。

イリノイ大学の研究チームは、12種類のマスクを用い、話者の(1)額(2)頬(3)ヘッドセットのマイク位置(4)襟元にマイクをつけて、音響性能がそれぞれのマスクとマイク位置でどう違うかについての実験を行いました。(注2)

 

  • 12種類のマスク:不織布マスク、KN95 respirator(中国の防じんマスクの規格をクリアし、認可されたマスク)、N95respirator(米国の防じんマスク国家検定N95規格の認証を受けたマスク)、綿100%のジャージマスク、平織の綿マスク、綿・ポリエステルマスク混紡の3層のジャージマスク、綿・ポリエステル混紡の2層のジャージマスク、平織綿とデニム、綿シーツ生地にポリエステルのふちが付いた生地、ビニール製のウインドウつきの綿マスク、PVC(塩化ビニール)製のウインドウ」つきの綿マスク、プラスチック製のフェイスシールド

 

 その結果、

  • どのマスクも遮断するのは主に話者の前面の音だけである
  • 音響性能が最も良いのは、不織布マスクだった
  • 布製マスクでは、音の問題だけを考慮する場合は、ゆるく織られた平織の綿マスクが推奨される(1層、3層、ひだつきでも同様)。綿+ポリエステル混紡のマスクや、綿でも目の詰んだ生地(ツイル、デニム、シーツ地など)は避けるべきである。(注:飛沫防止効果は配慮しておらず、音響性能のみの比較)
  • 話者の口元が見えるプラスチック製のウインドウマスクは、布製マスクよりもはるかに音響性能が劣った。フェイスシールドはさらに悪く、話者の声を後ろに跳ね返した。
  • いずれのマスクもピンマイクとヘッドセットに影響を与えず、マイクの位置としては、襟元と口の横が最も声を拾う場所であった。(注2)

 

ということが示唆され、 教師その他、マスクをして話す必要のある人は、不織布のマスクを着用し、ピンマイクかヘッドセットを併用することが推奨されていました。

呼吸が比較的楽に感じるために「綿マスクを手作りしている」方が多くいらっしゃるようです。呼吸が楽だからといって音が通りやすいわけではないという結果になったことが、興味深いですね。

また「綿とポリウレタン混紡のマスクは素材が柔らかくつけ心地が良い」「フェイスシールドは表情が見えるので安心感がある」など、それぞれのマスクに利点があり、また人によって好みの差もあるかと思いますが、時と場合を考えて使い分ける必要がありそうです。

これほどの環境変化の中では、どんなプロも、自分自身のスキル向上だけでは限界があります。

今後のさらなる研究や議論に期待しながら、環境を可能な範囲で自分でコントロールしていくことも視野に入れたいものです。

 


参考資料
(注1)【研究成果ピックアップ(2)】飛沫やエアロゾルの飛散の様子を可視化し有効な感染対策を提案~「富岳」による新型コロナウイルス対策その1,理化学研究所計算科学研究センター

https://www.r-ccs.riken.jp/jp/topics/pickup2.html

(注2)Ryan M. Corey,Uriah Jones,Andrew C. Singer:Acoustic effects of medical, cloth, and transparent face masks on speech signals:The Journal of the Acoustical Society of America 148,2371,2020

https://asa.scitation.org/doi/abs/10.1121/10.0002279

轟美穂(とどろきみほ)

ラジオ局アナウンサー、TVレポーターを経て、ナレーター、司会者として活躍。プロの通訳者のための日本語パフォーマンス向上講座、放送通訳講座などの講師や、仕事で声を使う人のコンサルティングも務める。2004年より京都在住。ヴォイスコネクション主宰。

【続きはこちらから】マスク着用時の息苦しさ

 

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