第2回 市場参加者を知る【IR通訳・翻訳のためのファイナンス入門】

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専門知識が求められるIR分野の通訳・翻訳。何をどこまで学べばよいのでしょうか。この連載ではIR通訳者翻訳者として活躍する住本時久さんが、IRにおける投資家と事業会社の視点を主眼に、通訳・翻訳両方で役立つ知識をお話しします。今回のテーマは「市場参加者」です。

市場

2014年に経済産業省が発表した『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』(通称「伊藤レポート」)は、日本経済・産業の国際競争力強化のためには企業と投資家の真摯な対話が最重要であると指摘。日本企業のIR活動強化のひとつの契機となりました。もっとも、企業と海外投資家の対話を生産的なものとするためには、優れたIR通訳者翻訳者の存在が不可欠です。「伊藤レポート」では、その点にも触れてほしかったと思います。


歴史的にみると、企業と株主・投資家との関係は、当然ですが、株式会社の誕生とともに始まりました。世界で初めて誕生した株式会社は、1602年に設立されたあの東インド会社だといわれています。その後、18世紀から19世紀にかけて勃興した産業革命を資金面から可能にしたのも、広く投資家から資金を募れる株式会社という企業形態でした。

その流れの中で、株式や債券(以下、「株式」)の発行や取引を支援する証券会社、共通の価格で株式の売買を行う場としての証券取引所も生まれ、資本市場が形成されてきました。したがって、資本市場の主たる参加者は、株式を発行して資金を調達する企業、株式を購入して企業に投資する投資家、その取引を支援する証券会社であり、IR通訳者翻訳者が関わる市場参加者も主にこの3者ということになります。

それぞれの市場参加者の内容に入る前に、資本市場全体を見ておきましょう。資本市場は、企業が株式を発行して資金を調達する発行市場(プライマリー・マーケット)と、発行された株式を投資家間で取引する流通市場(セカンダリー・マーケット)に分けられます。プライマリー・マーケットでは、初めて上場する企業が広く投資家を募る株式公開 (Initial Public Offering: IPO)、また上場後に新たな株式の発行(「公募増資」)や企業が保有している自社株の売却(「売出」)による増資・売出 (Public Offering; PO)を通じて、企業が資金調達を行います。セカンダリー・マーケットは、発行後の株式を投資家が取引所等を通じて売買する市場です。セカンダリー・マーケットの存在により、プライマリー・マーケットで企業から株式を購入する投資家も、将来それを売却する際に買い手がいることを期待できます。

市場参加者

それでは以下において、市場参加者を、証券会社、企業、投資家の順でそれぞれ簡単に見ていきましょう。

証券会社

証券会社の機能も、プライマリー・マーケットの取引を扱う投資銀行部門と、セカンダリー・マーケットの取引を扱う市場部門に分かれます。証券会社は、プライマリー・マーケット、セカンダリー・マーケットの双方において、企業と投資家を繋ぐ役割を果たしています。

IR通訳・翻訳の観点からも、プライマリー・マーケットとセカンダリー・マーケットは、内容の性質が異なります。プライマリ―案件は、上記のとおり企業が投資家から資金を調達することが目的であり、証券会社もそれを支援する立場です。つまり、どちらも「売り込む」姿勢で臨んでいます。担当する通訳者翻訳者は、社内でない限りは第三者ですが、その「売り込む」気持ちを理解することは不可欠といえるでしょう。

もっとも、継続的な取引が行われるセカンダリー・マーケットに比べると、プライマリー案件の頻度は低いため、通訳者翻訳者が対応する案件の多くは、主にセカンダリー・マーケットに関わる内容となります。

企業

企業のIR活動の目的は、企業の業績や戦略を投資家に正しく伝え、企業価値が適正に株価に反映されることをめざすとともに、投資家から受け取る質問やコメントを通し、市場の視点を吸収し、企業の経営に生かすことで企業価値の向上に資することにあります。株価の安定的上昇は、人材確保を含む経営課題にとって重要な要素です。さらに、安定した株主を確保することは、買収防止策としても有効です。

投資家

IR通訳者翻訳者が対応する「投資家」とは、そもそも誰なのでしょうか。それは殆どの場合、個人投資家と区別され、大口の資金を運用する「機関投資家」です。さらに機関投資家は、年金や基金など、巨額の運用資金を抱えているが自ら投資を行うことは少ない「アセット・オーナー」と、アセット・オーナーから委託を受けて投資を行う「アセット・マネージャー」に分けられます。

IR活動の直接の対象となるのは、大抵の場合、後者のアセット・マネージャーです。アセット・マネージャーは自ら投資家ですが、そのクライアントも投資家というわけです。ですから、アセット・マネージャーは、クライアントに対する責任を担いながら投資を検討・判断し、実行しています。IRミーティングや資料は、そのために極めて重要なものです。IR通訳者翻訳者は、自らの「パフォーマンス」が、巨額資金の運用成果という投資家の「パフォーマンス」に少なからず影響することも自覚する必要があります。

バイサイド/セルサイド

市場参加者のうち、株式分析を行うアナリスト等をバイサイド(buy side)とセルサイド(sell side)に分けて言及する場合が多くあります通常、投資家をバイサイド、証券会社をセルサイドと表現します。したがって、バイサイド・アナリスト(buy-side analysist)は投資家に所属するアナリスト、セルサイド・アナリスト(sell-side analyst)は証券会社に所属するアナリストを指します。

結び

冒頭に触れた「伊藤レポート」が指摘するように、企業と投資家の実りある対話は、日本の企業・産業の競争力向上にとっても極めて重要です。それを国際的に支えるIR通訳者翻訳者の重要性は、強調してもし過ぎることはありません。



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住本時久(すみもとときひさ)

米国コロンビア大学国際公共政策大学院卒業、修士号MIA取得。国内最大手証券会社、米系機関投資家・資産運用会社(東京・シンガポール)、上場企業CEO等を経て、フリーランス通訳・翻訳者。IRをはじめ金融、経営、政府・官公庁、学術など高い専門性を要する諸分野をカバー。通訳・翻訳者転身後、博士号取得。現在、大学の非常勤講師も務める。

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