聞き取りやすい日本語の発音、発声は優れた通訳パフォーマンスには欠かせませんが、マスクをしたまま通訳をすることも多い現在、その重要性はますます高まっています。このコラムでは、通訳者向けのボイストレーニング講座の講師としても活躍する轟美穂さんが、通訳者特有の課題にフォーカスし、声のスキルアップに役立つ情報を紹介します。
前回は、リモート通訳で気になる雑音対策についてご紹介しました。最終回の今回は、リモート通訳でマイクを使って話す時の注意点についてお話しします。
マイクとの距離
相手の声が小さいからとボリュームを上げたとたん、急に音が大きくなるという状態は、特にヘッドホンやイヤホンをしている聞き手には大きなストレスです。マイクと口の距離は安定させて、音量を一定に保ちましょう。コンデンサー型マイクを口に近づけると、低周波が強調されて声に深みが出ると言われています。ただし、ブレスノイズや咳払いなどもより拾いやすくなりますので要注意。(コンデンサー型マイクの距離については「コロナ禍での話し方 その3――マスク着用時の息苦しさ」で触れていますので、あわせてご覧ください。)
自分が話していないときには、マイクのスイッチがあればオフにしたり、口元から離すといった気遣いも必要になります。また、ピンマイクを使っている方は、マイクが内向きになって衣服に触れ、耳障りな雑音になることがあります。注意しましょう。
声の大きさを安定性させる
気持ちが高まる時、思わず声が大きくなることがありますね。楽しい会話の最中に盛り上がって笑ったり「わ~っ」と声を出すとき、息をたくさん吐いて音量が増しています。リモート通訳では「盛りあがって大声になる」状況はあまりないでしょうが、通訳者の方が通訳中、急に声が大きくなる時があります。それは「話し出し」です。訳出の文章が長く、一気に話すことが多い通訳者の方は、息を吸った直後、文頭が一番声が大きく、文末に行くにしたがって息が続かなくなって音量が小さくなってくるという傾向があるようです。
話し出しで「え~」とか「あの~」という癖のある方は、そこがプロミネンスされて一番印象に残ってしまう、ということになりますね。息を語尾まで一定にし、文章を読む練習をしましょう。
スピードコントロールで聞き取りやすく
「リモートでは聞き取りやすくするためにいつもより声を張るようにしている」という方は少なくありません。しかし、マイクは音源をそのまま拡声するだけですので、音源=元々の話し方が聞き取りにくい場合、大きな声を出すことが聞き取りやすさの解決にはなりません。母音が脱落すると聞き取りにくくなります。早口で話すときには特に気を付けましょう。母音の脱落対策については「聞き取りやすくする工夫――言葉の運用と発音――」の記事で解説しているので、確認してみてください。
スピードをゆっくりにしたら、母音は脱落しにくくなります。大事な単語で速度を落としたり、接続詞などでスピードを早めたりと、一文の中でスピードコントロールができたら、早口を保ったまま聞き取りやすく話すことができるでしょう。
座った姿勢も大事
最後に、忘れてはならないのが「姿勢」です。立っている方が声が良く出ると感じたことはないでしょうか? リモート通訳では座っていることが一般的だと思いますが、座った状態を長く保つのは結構しんどいものです。資料やPC画面を見ていることもあり、だんだんと前傾姿勢になって、上半身に負担がかかり、声の通り道を圧迫します。
座位での姿勢保持法
耳の穴、肩関節、股関節(大転子)を一直線にしようとします。椅子に座った状態で、座面を両手でつかんで固定したまま上半身は伸び上がるようにすると、姿勢を調整できます。
以前、この方法を声優養成所のレッスンで生徒さんにお伝えしたことがあるのですが、「話しやすくなった」と言った人や「声が大きくなってる!」と別の生徒さんがびっくりしたようなケースもありました。簡単に試せる方法ですので、皆さんもぜひやってみてください。
簡単、と書きましたが、長く座っていると疲れてくるので、この姿勢の保持が難しいかと思います。私のお気に入りの姿勢保持法は、バランスボールを椅子にすることです。皆さんもご自分に合う方法を探してみてください。
連載終了にあたって
コロナ禍のような過去に例のない状況では、思わぬ負担を強いられて、気づかぬうちに無理をすることがあるかもしれません。以前と同じ仕事であっても、仕事をする環境や条件が変わっている場合もあります。ご自分のスキル向上だけでなく、積極的に環境を調整しながら乗り切っていただきたいと思います。
話す仕事や、それらのスキルを教える立場からお送りしてきた「通訳者と声」の連載は、今回で終わりになります。長い間お読み下さり、ありがとうございました。今後も、皆さまが話すことにストレスを持つことなく、通訳という高度なスキルを存分に発揮されますよう、ご活躍を心より願っております。
ラジオ局アナウンサー、TVレポーターを経て、ナレーター、司会者として活躍。プロの通訳者のための日本語パフォーマンス向上講座、放送通訳講座などの講師や、仕事で声を使う人のコンサルティングも務める。2004年より京都在住。ヴォイスコネクション主宰。
【振り返って読みたい】 「通訳者と声」第1回
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