はじめに
2019年以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは政治、経済、社会とあらゆる分野に影響を及ぼしています。通訳や通訳者を取り巻く環境も劇的に変わりました。なかでも最も特徴的な変化が「オンライン通訳」「遠隔通訳」の急激な増加です。サイマルでも、依頼の多くが通訳者の自宅からのオンライン、または電話による遠隔(リモート)通訳に切り替わりました。サイマルのスタッフと通訳者は、ともに多数の試行錯誤を繰り返し、オンラインによる遠隔同時通訳に関するガイドラインを確立してきました。
そこで今回は、オンラインによる遠隔同時通訳サービスを主催者(お客さま)にも通訳者にも快適に利用していただけるよう、同時通訳機能を搭載している「Zoom」、その他のWeb会議サービス、及びサイマルで導入している遠隔同時通訳プラットフォーム「interprefy(インタ-プリファイ)」の3つのタイプを例に、基礎知識についてご紹介したいと思います。
オンラインによる遠隔同時通訳 3タイプの特徴
サイマルでは、オンラインによる遠隔同時通訳を大きく3つのカテゴリーに分類しています。ここではそれぞれの特徴を簡単にご説明し、サイマルが提案する最適な手法・環境についてご紹介します。
1.同時通訳機能を搭載した有料のZoom利用による同時通訳
同時通訳機能を搭載したWeb会議サービスとして、最も有名なツールがZoomです。主催者(ホスト)からZoom会議に通訳者を招待してもらい、言語のチャンネルごとに通訳者を設定することで、参加者は聞きたい言語の音声を選択し、視聴することができます。参加者は気軽に通訳を視聴できるため、非常に有効なシステムのように聞こえますが、以下のような点に注意する必要があります。
●遠隔の場合、Zoomのみだと、通訳者はパートナーとの連携が取りにくい
通訳者は交代のタイミングの確認などのため、お互いの通訳音声を聞く必要があります。Zoomではデフォルトはオリジナル音声を聞く設定になっていますが、オーディオチャンネルを変更するとパートナーの通訳音声を聞くことも可能です。
ただし自分が通訳する順番になった時には、パートナーの音声に合わせていたオーディオチャンネルをオリジナル音声に変更し、かつ訳出しをおこなうチャンネルの切り替えも行うという複数の操作が必要になります。
通訳者にとってこれらの動作を行いつつ同時に通訳のクオリティを保つことは、負荷も多く難しいため、サイマルでは、お客様のオフィス、貸し会議室、サイマルオフィスなど、通訳者同士が同じ場所で業務に臨めるよう主催者にアレンジをお願いしています。
●3言語以上による同時通訳(リレー通訳)の操作が煩雑
前述のとおり、通訳者はオーディオチャンネルを変更すると他の通訳者の通訳音声を聞くことができるのでリレー通訳は可能です。例えば日本語、英語、中国語の3か国語対応の国際会議の場合、リレー通訳であれば、英語の発言をまず日英の通訳者が「英語→日本語」に訳し、日中の通訳者は日英の通訳者が訳した日本語を聞いて「日本語→中国語」と通訳することが可能です。
この場合、中国語の通訳者は、英語での発言中はオーディオチャンネルを他の通訳者の日本語に変更し、訳出しの言語を中国語にして訳出しをします。日本語または中国語の発言の場合は、オーディオチャンネルをオリジナル音声に変更して、訳出し言語をそれぞれ切り替えて対応します。
1つのデバイスのみで上記のように対応することも可能ですが、チャンネルの切り替えが頻繁に発生すれば、操作ミスにも繋がりかねません。
そのため、サイマルでは通常の同時通訳機材と組み合わせることで操作ミスを減らし、通訳のパフォーマンスを向上することができる提案をしています。
●ディスカッション形式のような目まぐるしく発言言語が切り替わる会議には不向き
通訳者はパソコン上で言語の切り替え操作をしますが、その際、どうしてもタイムラグが出てしまいます。ディスカッション形式のように異なる言語が目まぐるしく切り替わるインタラクティブな会議では、パソコンの操作と通訳の訳出しが会話に追い付かない可能性があります。このような会議の場合、サイマルではモデレーターの方にも通訳の状況を理解していただき、パネリストの発言をうまくコントロールしていただくようお願いしています。
●参加者の発言言語と視聴言語の統一が必要
参加者が聞きたい言語を「日本語」と選択した状態で、もしご自身のスピーチを英語で発言してしまうと、ご自身のPCからは通訳の訳した「日本語」の音声が流れてくるため、非常に耳障りです。主催者はZoomの同時通訳機能を十分理解したうえで、参加者へ事前にアナウンスをする必要があります。初めてZoomの同時通訳機能を使用される際は、事前に本番と同じ状況でリハーサルを実施することを推奨しています。
●サポートデスクがない
なにかトラブルが発生した場合でも、Zoomにはサポートデスクがありません。主催者にて対応していただく必要があります。また、画面の共有や通訳者への権限付与の方法、初めて使う通訳者に対しての操作の説明等、公式のレクチャーなどのサービスはありません。すべて主催者及び通訳者に委ねられてしまいます。重要な会議、イベントなどの場合は、専門のWeb配信業者を利用してみるのもよいかもしれません。
2.その他のWeb会議サービスを利用した同時通訳
(無料のZoom、WebEx、Microsoft Teamsなど)
同時通訳機能を搭載していないWeb会議サービスでも、工夫することにより同時通訳のサービスをご利用いただくことは可能です。ただし、主催者も参加者も通訳者も通常のWeb会議以上に負担がかかります。
1つのWeb会議で異なる音声(言語)を同時通訳でやりとりすることは不可能(2人以上の参加者が同時に発言することと同じ)なため、主催者(ホスト)は必要な言語の数だけWeb会議を設定する必要があります。参加者の発言や通訳者の聞き取りを考慮し、オリジナル言語用のWeb会議も設定していただけると、より通訳のデリバリーも明確になります。オリジナル言語用のWeb会議がなければ、主催者も参加者も画面共有ができませんし、通訳者は発言言語によって聞くデバイスを変更しなくてはいけません。このような混乱を避けるため、サイマルでは発言言語に偏りがある場合は極力、片方向同時通訳(ウィスパリング)、片方向逐次を推奨しています。
●複数のWeb会議を利用した同時通訳の場合、通訳者の負担はさらに増す
遠隔の場合、前述のZoomの有料同時通訳機能とは異なり、通訳者はオリジナルの音声/パートナーの音声いずれも聞くことは可能ですが、聞きたい音声(言語)の回線の数だけ、デバイスを用意しておく必要があります。日本語と英語で実施される会議でオリジナル言語用のWeb会議もあるとすると、通訳はオリジナル言語用(例:パソコン)、日本語用(例:タブレット)、英語用(例:スマートフォン)と3つのデバイスを駆使し、オリジナルの音声とパートナーの音声を聞き分ける必要があります。加えて、Zoomの同時通訳と異なり、訳出しも言語毎にデバイスを変えなくてはいけません(例:パソコンでオリジナルの言語を聞き取り、日本語の訳出しはタブレットへ、英語の訳出しはスマートフォンへ)。
また、一方のデバイス(例:英語用回線)に向かって訳出しをしているとき、もう一方のデバイス(例:日本語用回線)のマイクが通訳者の声を拾ってしまわないよう、つどマイクをON/OFFにする必要があります。このような複雑な操作をしながら通訳すると、肝心の通訳パフォーマンスが低下してしまう恐れがあります。通訳者への負荷を軽減するべく、Zoomの同時通訳同様、サイマルでは、お客様のオフィス、貸し会議室、サイマルオフィスなど、通訳者が同じ場所で業務に臨めるようお客さまにアレンジをお願いしています。また、通常の同時通訳機材を併用すれば、通訳者の負担は解消され、パフォーマンスが格段に向上します。
●3言語以上による同時通訳(リレー通訳)では負荷や制限が生じる
前述のとおり、言語の数だけWeb会議を設定さえすれば技術的にはリレー通訳も可能ですが、主催者、参加者、通訳者ともに通常のWeb会議以上の負荷がかかると予想されます。会議を円滑に進めるためには、言語ごとに「発言はこの回線に」「聞くときはこの回線から」といったように、運営面でも様々な制限を強いることになります。従来の同時通訳機材と併用できる可能性もあります。サイマルでは主催者様のご要望をうかがいつつ、最適な方法を検討・提案させていただきます。
なお、以下の注意点は1.の「同時通訳機能を搭載した有料のZoom利用による同時通訳」と同様です。
・ディスカッション形式のような目まぐるしく発言言語が切り替わる会議には不向き
・参加者の発言言語と視聴言語統一が必要
・サポートデスクがない
3.遠隔同時通訳プラットフォーム「interprefy」を利用した同時通訳
サイマルは2019年秋、スイスのInterprefy社と同社が開発した遠隔同時通訳プラットフォームinterprefyの日本における独占販売契約を締結しました。以来、多くのクライアントにご利用いただいています。ここでは、これまでお話ししてきたZoomの同時通訳機能やWeb会議を利用した同時通訳との違いについて、簡単にご説明します。
●通訳者のパートナーとスムーズに連携
interprefyは同時通訳専用に開発されたプラットフォームです。開発段階から多くの通訳者の意見を取り入れつつ、構築されました。通訳者は1台のパソコンでお互いの通訳音声、オリジナル音声のどちらも聞くことができ、専用プラットフォーム上で通訳者だけでのチャットも可能です。このことから通訳者がお互い遠隔にいても、スムーズに連携を取ることが可能となっています(通訳者にはあらかじめ専用のトレーニングの受講と場合によって自宅のインターネット環境や保有パソコンのスペックに関する簡単な調査をお願いしています)。また、サイマルは「通訳センター」と呼ばれるinterprefy専用のブースを東京に8つ、関西に2つ、計10のブースを常備しています。現在も数多くの通訳者がサイマルのオフィスを訪れ、日々Web会議の同時通訳を対応しています。
●3言語以上による同時通訳(リレー通訳)も対応可能
元々、多言語文化であるヨーロッパで開発されたプラットフォームであり、上記のとおり、通訳者同士の訳を聞くことも可能なことから、複数言語による同時のリレー通訳も対応が可能です。また、2.の「その他のWeb会議サービスを利用した同時通訳」の項目で説明したような、言語数だけWeb会議を設定していただく必要もありません。主催者側で設定いただくWeb会議は1会議のみとなります。参加者はパソコンでオリジナルのWeb会議にアクセスし、もう1つのデバイス(スマートフォンなど)にてクラウド上にある各自が聞きたい言語を「取りに行く」イメージです。
●サポート体制、セキュリティ面も安心
interprefyではモニタリングスタッフが常時、会議をモニターしています。なにかトラブルが発生した際はコーディネーター、通訳と連携をとりつつ、速やかにトラブルの解決にあたります。また、通訳音声を聞くためにはあらかじめ設定した会議専用のトークンと呼ばれるパスワードが必要となってきます。別途オプションで2段階認証を設定することも可能で、セキュリティの面でも安心してご利用いただけるプラットフォームとなっています。
なお、以下の点については、Zoomの同時通訳機能やその他のWeb会議の場合と同様です。
・ディスカッション形式のような目まぐるしく発言言語が切り替わる会議には不向き
・参加者の発言言語と視聴言語統一が必要
●ご利用用途に応じた様々なラインナップ
2019年の本格導入以降も、Interprefy社では様々なシーン別のオプションの開発が進んでいます。当初はオリジナルのWeb会議(パソコン)とinterprefyのアプリ(スマートフォン)の2つのデバイスが必須という手法しかありませんでしたが、ここでは最近導入されたいくつかのオプションをご紹介します。
(1)interprefy(音声のみ)
主催者がWeb会議を設定。参加者はWeb会議にてオリジナルの映像・音声を視聴。聞きたい言語の通訳音声のみスマートフォンのアプリ等を介して聞く最もスタンダードな形式。参加者はWeb会議に向かって発言。
(2)interprefy(映像付き)
主催者がWeb会議を設定。聞きたい言語を通訳が訳出ししている際、オリジナルの音声が聞こえなくとも問題ない場合、また参加者が発言する必要がなければ、1つのデバイス(パソコン、タブレット、スマートフォンなど)でinterprefyにアクセスするだけで映像と音声が視聴可能(参加者はWeb会議へのアクセスは不要)。
(3)Web Meet、Web Conference ※パソコン推奨(Web Conferenceはパソコン限定)
Web会議としての機能も兼ね備えた遠隔同時通訳プラットフォームです。主催者によるWeb会議の設定は不要。1つのデバイスのみで映像と音声が視聴可能。またオリジナル音声、通訳音声いずれも視聴可能。他のWeb会議システム同様、画面共有、チャットなどの機能も搭載。
以上、様々なオンラインツールを利用した同時通訳の手法についてご案内しました。オンライン会議では、通常の対面での会議とは異なる準備や心構えが、主催者・参加者・通訳者それぞれに必要です。予期せぬパソコンのフリーズや一時的なインターネット回線の瞬断、動画・音声の遅延など、円滑な会議進行の妨げになる要素は様々です。主催者、参加者、通訳者、どこでも発生しうる可能性があります。そのような事態が生じた際、たとえ一参加者や通訳者であっても、臆することなく会議に介入でき、環境が回復するまで会議を一時的に中断しても問題ないような主催者による雰囲気づくりやサポート体制、あるいは会議を中断することのないよう、別のシステムを利用して会議に参加可能なバックアップ体制を整えておく必要があるかもしれません。バックアップ体制についてはサイマルからの提案も可能です。
おわりに
コロナ禍により通訳業界にも急速に押し寄せたオンライン会議や遠隔同時通訳の波ですが、2020年は主催者も参加者も通訳者も、そしてもちろんサイマルも、皆が手探り状態でした。様々なツールを手当たり次第に試し、なんとか経済活動を止めないようトライ&エラーを繰り返した1年だったと思います。サイマルではinterprefyというこの上ないプラットフォームをいち早く導入しましたが、当初はなかなか成約にいたりませんでした。まったく新しいシステムの導入には誰しも抵抗があります。それは通訳者も同じでした。しかしコロナの流行が長引く中、長年不変であった通訳業界も遂に大きな転換期を迎えたように思います。コロナが収束した後もオンライン会議や遠隔同時通訳の需要が完全になくなることはないでしょう。
サイマルでも、様々なノウハウを蓄積し、interprefyのみならず、その他のWeb会議システムを利用したオンライン同時通訳にも数多く対応してきました。これからもサイマルでは、主催者・参加者・通訳者がともに安心して会議に集中できる環境をいかにして整えるか、検証し、より良いご提案をしていきたいと思います。
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注)挿入画像はイメージです。実際に通訳する際は、感染対策のためマスクを着用しています。
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