サミットと同時通訳【小松達也アーカイブス 第4章】

連載「アーカイブ・シリーズ」では、日本の同時通訳者の草分けでサイマル・インターナショナル創設者のおひとりでもある小松達也さんのエッセイを特集します。50年間にわたる現役通訳者時代のエピソード、プロ養成者の視点から見た通訳者についてなど、第一線を走り続けた小松さんならではの思いやことばをお届けします。

サミットの特徴

多言語会議ならではのリレー通訳

通訳者にとって、サミット(主要国首脳会議)はなんといっても大舞台です。首相の発言を正しく伝えるとともに、他国代表の言うことを分かりやすく日本側に伝えるのですから、なかなかの大役です。

サミットでは同時通訳で議事が進行します。逐次(ちくじ)通訳ではなく同時通訳が使われるのは、サミットでは多言語、例えばG8の場合、6ヵ国語(英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ロシア語・日本語)が使われるからです(注1)。こんなに多くの言葉を逐次通訳で処理していては時間がかかって仕方がありません。また通訳者も、ひとりでこの6ヵ国語をカバーするのは至難の業です。サイマル通訳者は大抵、私のように英語と日本語など2ヵ国語しかできません。一方、ヨーロッパの通訳者は多言語の会議に慣れていますから、英語、フランス語、スペイン語など3、4ヵ国語をカバーすることができる人が多くいます。それでも、ドイツ語やロシア語といった少し性格の違う言語も自由に話せるということは、事実上不可能です。

そこで、サミットなどの多言語会議では、これらの言葉の間でリレー式同時通訳、いわゆる「リレー通訳」が行われることになります。運動会のリレー競争でバトンでつなぐように、複数の言語をつないで通訳していくイメージです。たとえば、フランス語やドイツ語、ロシア語での発言は英語の通訳者によって英語に訳され、それを聞いた日本の通訳者が日本語に同時通訳します。日本語による発言も、私たちがまず英語に訳し、その英語から他言語の通訳者がフランス語なりロシア語に訳すといった形です。この場合、いずれも英語が軸(ピボット)となります。私が担当していた頃は、英語ブースにジェニファー・マッキントッシュ(Jennifer McIntosh) という名通訳者がいて、いつも歯切れのいい分かりやすい英語の通訳を聞かせてくれました。彼女の英語から取って日本語に訳すのはいつも喜びでした。

同時通訳の難しさ

サミットでのリレー通訳の場合、英語への通訳は非常に大切です。英語から日本語など他の言語へと訳されるわけですから、英語訳が不正確だったり分かりにくかったりしたら、他のすべての言語への通訳が質の悪い、分かりにくいものになってしまいます。スピーカーが何を言おうとしているかのポイントをはっきりとらえ、数字や固有名詞なども正確に、かつ聞いていて分かりやすく、対象言語(この場合は英語)として自然なものでなければなりません。
政治家はしばしば微妙な発言をしますから、誤解を与えないようにする注意も必要です。また日本語と英語の間では、否定が最後にくるなど言葉の構造が大きく違っていますから、自然な英語で表現するのは大変難しいことです。サミットに出る通訳者はみな経験の深い優秀な人たちばかりですが、それでもリレーの通訳はやりにくいことは確かです。

このように、リレー通訳でのピボット言語への通訳は特に質の高いものが要求されます。もちろん、他の一般的な同時通訳の場合も「正確でかつ分かりやすく」という目標は同じです。
ここに同時通訳の難しさがあるのです。



(注1)現在はG7として開催されており、ロシア語は使用されていません。

 

※この記事は2012年1月、サイマル・インターナショナルのWeb社内報に掲載されたものを一部編集し、再掲載しています。


小松達也さん
小松達也(こまつたつや)

東京外国語大学卒。1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、以後、社長、顧問を務める。日本の同時通訳者の草分けとして、首脳会議(サミット)、APECなど数多くの国際会議で活躍。サイマル・アカデミーを設立し、後進の育成にも注力した。サイマル関係者の間ではTKの愛称で親しまれている。

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