「~したい」は"would like to ……"でよい?【ポール・ウォラムの視点】

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日本語ネイティブ翻訳者が間違えやすい訳や文法を5回にわたりピックアップ。第3回は、つい自動的に訳してしまいそうになる「~したい」というフレーズについてのお話です。どのような点に気を付ければより自然な英語表現になるのでしょうか。


日本語と英語で異なる「時制の扱い」

みなさん、こんにちは。今回は日英翻訳でほぼ自動的に訳されがちな、「~したい」という表現を取り上げます。

日本語と英語の違いとしてよく挙げられるポイントの1つとして、時制の扱いがあります。他のヨーロッパ言語もそうですが、英語は日本語よりも「時制(tense, 現在か過去か)」のルールが厳格な言語です。他方、日本語は時制よりも「相(aspect, 完了しているかどうか)」を重視する言語といえます。たとえば、次の日本語を見てください。

娘の欲望には際限がなかった。甘いものは気分が悪くなるまで食べ続けるし、欲しい玩具は買ってやるまで店の前を動かない。(多和田葉子著『献灯使』より)

最初の文は「なかった」という過去形で終わりますが、次の文は「動かない」と、いわゆる現在形に変わっています。英語の発想で考えると混乱しそうですが、日本語ではまったく問題ありません。

さらに、日本語には「未来形」がないということもよく指摘されます。それはその通り。ただし、あまり指摘されないことですが、じつは英語にも未来を表す動詞の活用形は存在しません。インド・ヨーロッパ語族の歴史のなかで、英語などのゲルマン系言語では動詞の活用形としての「未来形」が早い段階で失われました。つまり、英語をはじめ、ドイツ語やオランダ語などのゲルマン系言語では、未来の話をしていることを活用形以外のさまざまな方法で表現しているのです。よく使われるのが「現在形」による代用です。

We leave tomorrow.

I’m going to Hawaii for New Year.

「現在形」の他に、さまざまな形のパラフレーズ(言い換え)を使って未来を表すこともあります。代表的なのが助動詞のwillです。これは皆さんよくご承知ですね。

I will send you a postcard from Paris.

この助動詞willのもとの意味は、「~したい」でした。ドイツ語では“ich will”の基本的な意味は“I want”に近く、このもとの意味が強く残っています。英語でもドイツ語ほどではありませんが、未来の意志を表すときにwillを使うことがあります。このwillを日本語で考えてみると、「~したい」「したいと思います」という表現と重なる部分があるのではないかと思います。

「~したい」の訳し方

最近、飲食店でのコロナ感染を防ぐ、新しいタイプのフェイスシールドに関する記事を新聞で見かけました。その記事の最後の部分で、フェイスシールドを開発した会社の社長の言葉が次のように引用されていました。

「現在、首都圏の飲食店で実証実験を行っていて、いずれはこのシールドを自由に製造できるように設計データを無償公開したい」としています。

皆さんは下線部をどう訳しますか? 私なら “we will make the design data freely available so that anyone can produce the shields . . .” と訳します。

「~したい」という日本語は、“want to . . .”または“would like to . . .”と英訳されがちです。しかし、英語話者がこうした場面で“want to . . .”または“would like to”という表現を使うことはほぼありません

なぜなら“want to . . .”、“would like to”というと、話し手が許可を求めている、または、それが可能となる条件が整うことを望んでいる、という意味が出てくるからです。「あなたが反対しないなら、私はそうします」とか、「何かが私を止めない限り、私はそうします」というニュアンスです。

たとえば、“I would like to invite you to take part in our conference.” は、相手がイエスともノーとも言える提案しています。“I would like to visit Hawaii one day” は、自分ではどうにもならない、さまざまな状況が許すのであればハワイに行くつもりだ、ということを表します。確実に行くとは言えない状況です。

次の文を見てみましょう。

「このまま感染拡大が続くと、より強い措置を取らなければならなくなるので、国民に基本的な感染防止策をお願いしながら、政府としてもクラスター対策に力を入れたい」と述べました。


ここで引用部分を述べている政府関係者が、もし英語で話したとしたら、下線部分は“The government wants to . . . ”ではなく、 “The government too will put extra effort into measures (to identify and control) clusters.” というような表現を使うでしょう。なぜなら、政府が力を入れたいというものを誰も止めはしないのですから。

ある企業の社長が「機械製品の導入を検討したい」と言えば、おそらく誰も止めはしないでしょうから、“We will consider . . .”でいいのです。

「~したい」を見たら、反射的に“want to . . .”や“would like to . . .”と訳す前に、話し手が許可を求めている状況なのか、または、それが可能となる条件が整うことを望んでいる状況なのか考えてみると、より自然な英語表現に近づくでしょう

 

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ポール・ウォラム(Paul Warham)

イギリス出身。オックスフォード大学、ハーバード大学で日本文学を研究。英語の旅行ガイドブック記者、翻訳会社勤務を経て、現在はフリーランス日英翻訳者として実務翻訳から出版翻訳まで幅広く活躍。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース講師。




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