通訳者にとって時間はハラハラ、ドキドキの連続です。本番、マイクのスイッチを入れる瞬間のピーンと張り詰めたような緊張感や高揚感、胸がドキドキします。
一方、大変稀なことですが、会議場に向かう途中予期せぬ事態が発生した際は、ハラハラを通り越して心臓が止まりそうになります。会議の主役は当然発表者ですが、黒子であるはずの通訳者に注目が集まる嫌な場合があります。遅刻です。時間厳守はクライアントとの信用に関わります。しかしながら、時にして不可抗力というものが発生します。その一端を紹介します。
携帯電話が普及する前のことで、午後、会議通訳が終わって外に出ると雪がぱらついていました。この時までは、あら、雪ね、と思っただけです。この後、放送通訳があったので私はタクシーで放送局に向かいました。当時、放送局までは電車が開通していませんでした。放送時間まで2時間以上もあったので十分だと思いました。まさかあんな悪夢が待ち受けているとは思いもしませんでした。
雪は瞬く間に積り、タクシーは全く動きません。時間はみるみる過ぎて行きました。連絡をしようにも公衆電話が見つからず、どうしたらいいのか万事休すでした。立ち往生している中、ふと横を見ると町工場がありました。急いでタクシーを降り、工場に飛び込んで電話を借り担当者に今の状況を説明しました。でも皆同じ状況なので通訳の替えが効きません。私が行かないと放送に支障がでます。
どうしたらいいものかと悩んでいると、工場前に止めてあったオートバイが目に映りました。これだと思い、工場のおじさんに乗せてくださいと凄い形相で頼みました。おじさんは雪で危ないから嫌だと断りましたが、私のすがるような様子に気圧されたのか渋々引き受けてくれました。
スーツ姿で誰のものか分からないヘルメットをかぶった私は、大雪の降る中、鼻水をすすりながらおじさんの腰にしがみついて走りました。生まれて初めてのオートバイツーリングが、見知らぬおじさんと雪の中とは想像だにしませんでした。幸か不幸か少しばかり遅れただけで、放送には支障はでませんでした。
私は命懸け(?)でクライアントとの約束を守ったのです。時間を守らないことには、いくら優秀な通訳者であっても実力は発揮できません。時間厳守は通訳者に基本中の基本ですが、時にしてそれが適わない場合があるということを肝に銘じて、時間管理には今も細心の注意を払っています。
(注)この記事は2016年2月に通訳技能向上センター(CAIS)のウェブサイトに掲載されたものです。
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