あるポルトガル語翻訳者の雑記・後編【ポルトガル語ホンヤクの世界】

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英語以外の言語の翻訳事情や、仕事のエピソード、スキルアップ情報などを、翻訳者がリレー形式で紹介します。今回は、ポルトガル語ホンヤクの世界。20年近く第一線で活躍されている長谷部慶太さんの仕事術を前編・後編にわたってお届けします。

★前編はこちら!


ポルトガル語の翻訳・通訳を生業としている長谷部慶太といいます。この度はサイマル・インターナショナルの「通訳・翻訳ブック」への寄稿の機会をいただきました。読者の皆様にとって何か参考になればと思い、私の仕事のしかたについて少し紹介させていただければと思います。

どんな言語に訳すにせよ、日本語の深い理解は不可欠

ここで少し、翻訳の技術的な話についても触れておきます。ポルトガル語に翻訳するときの日本語原文の対処について留意していることとして、これは他の翻訳者の方々にも同意していただけるかと思いますが、日本語は構造上、たくさんの情報を後から足していける言語であるため、同じ名詞がリピートされて出てくる文章が多くあります。しかし、それらの名詞をそのまま訳すと、とても「くどい」訳文になってしまいますので、これは避けるようにしています。

最近訳した文書では、Aという命令(名詞)があって:

もともとAの指示はなかったが、電話でAの許可が取れたためAをする。

といった構造でした。

たった一つのフレーズに同じ名詞が三つも並ぶのですが、日本語では違和感はありません。しかし頭の中で訳しただけで、反復的な文になることが想像できますので、訳では名詞を一つだけ用いて、それ以外は代名詞で置き換えるとともに構成も少し変えます。

ここはあえて日本語で表しますが、訳文の構成としては:

もともとAの指示はなかったが、電話で許可が取れたため、それ(代名詞)をする。

となります。

一見、訳抜けのようなイメージすら与えかねませんが、ポルトガル語にしてみれば読み手を意識したスマートな文章になります(技術規格など、特に再現性を問われる文書ではその限りではありませんが)。とくに文章が冗長気味になるポルトガル語では読みにくさを回避するために代名詞をふんだんに使うのですが、それはいいことばかりではなく、代名詞は代表する名詞や関連する動詞の属性(性、数、時間など)につられて自在に変化しますので高度な翻訳技術が求められます。

もう一つ、日本語のビジネス文章の特徴として挙げられるのが、とても記号的であること。私自身が技術者だったときに指導された報告書の書き方とは、要点を箇条書きにまとめることでした。

さらには文中にグラフや図表を随時挿入し、中点(・)やスラッシュ(/)、かぎ括弧(「」)などの記号も用いることで、おそらく世界でも類をみない視覚的で省略された文章構成を実現させています。
しかし、ポルトガル語の同種の文章は基本プレーンです。いま、こうした記号的な文章を訳す側に回ってみて、その扱いに苦しむとは思ってもいませんでした。たとえば、強調したい単語をかぎ括弧(「」)で表現するケースが多いのですが、これの訳にダブルクォーテーション(””)を用いる翻訳者が多く見受けられます。

例えば次のような文章:

私たちがもっとも大切にしているのは「信用」です。

しかし、ダブルクォーテーションは原則として引用文、ときには揶揄や皮肉にも用いますので、上記のケースで使うと逆の意味にも捉えられかねず、慎重にならなければなりません。

また、翻訳に取りかかる際の用語のリサーチですが、前述の事前学習のなかで必ずやります。チェッカーやクライアントからの問い合わせに対応するためにも、特定の用語の訳し方について論拠を準備しておく必要があります。これは経験を積んでいくほど、さほど時間を要さずにできるようになります。辞書に関しては、私は基本的にはオンラインのものを使っています。それもポルトガル語↔日本語の辞書は使った記憶がなく、英語を介した日本語↔英語↔ポルトガル語といった手間のかかる工程を行っています。というのも、英語を中心としたオンラインの日英や葡英のソースは常に更新されていると感じるため、生きた言葉として頼りにしているからです。なので、ポルトガル語の翻訳に携わっていても英語の知識は不可欠だと自覚しています。

ポルトガル語はアフリカへ向かうのだろうか

最後に、この業界の今後の動向についてですが、近年はアフリカのポルトガル語圏の仕事が増えています。これらの国は、もとはポルトガルの植民地であったため、言語の系統も欧州ポルトガル語でブラジル・ポルトガル語とは若干、異なります。また、アフリカ特有の言い回しや、民族語の影響も少しあります。私の場合、通訳としてもここ10年ほどアフリカ現地に定期的に赴いておりましたので、ある程度は現地の言葉に馴染むことができたかと思っています。

ポルトガル語を公用語とする諸国によって構成されるポルトガル語圏諸国共同体(CPLP)という組織があります。これによれば、いま現在、ポルトガル語を話す人口が最も多い国がブラジルなのですが、ここ30年ほどで、国単位ではありませんが、アフリカ諸国(主にアンゴラとモザンビーク)の人口が増え、これらがブラジルに代わって世界で最もポルトガル語を話す地域になるそうです。やがて、ポルトガル語の主流はアフリカに移るかもしれませんね。いずれにしても、ポルトガル語の小さな世界に新たなフロンティアが拓けるのは喜ばしいことです。

とめどない内容の文章になってしまいましが、ポルトガル語に限らず翻訳業務に従事されている方々、そして、いまから翻訳者を目指す方々にとって、少しでも役に立てましたら幸いです。

 

 

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長谷部 慶太 (はせべ けいた)

1967年 ブラジル生まれ(1歳で日本に移住。小学2年生のときにまたブラジルに帰国)
1992年 サンパウロ大学地学部卒業
1993年 日本の建設コンサルタント会社に就職
2002年 フリーランスの翻訳者・通訳


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