第2回 日本で見られる英文表記の特徴【日英翻訳とタイポグラフィ】

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内容は間違っていないのに、読みづらいサインや訳文を目にすることもあるかと思います。それはタイポグラフィに配慮されていないのかもしれません。『翻訳は見た目も大事』の執筆者、田代眞理さんが日英翻訳のタイポグラフィの重要性について説明します。

第1回では、翻訳の中身と同じくらいに見た目も重要であること、日本では利用者目線で組まれた印刷物がまだ少ないこと、そして、中身と見た目のバランスの大切さを伝えたいという思いから、共著本 『英文サインのデザイン:利用者に伝わりやすい英文表示とは?』(BNN新社)を出したことをお話ししました。今回と次回と、この本を少しご紹介します。

「共著本」と書きましたように、『英文サインのデザイン』は、私と欧文書体(フォント)設計家である小林章氏による本です。ドイツを拠点に欧米やアジアでも活動なさっている小林氏は、欧文の本場に暮らしている視点から日本の英文組版の問題点を指摘し、どうしたら改善できるのか、著書や講演などさまざまな機会を通じて考えを発信されています。私は小林氏のブログ「タイプディレクターの眼」を通じて10年前に氏と出会い、以来、日本や英語圏のタイポグラフィについて意見交換を続けてきました。このやり取りの現時点での集大成が『英文サインのデザイン』です。書体設計家と実務翻訳者、仕事の内容もまったく違う2人が、日本の英文の内容だけでなく見た目も良くしたいというひとつの目標をもって、タッグを組みました。

本書では、日本で見られる英文サイン(案内表示)の現状を紹介し、英語の読み方のメカニズム、適切な表記方法や言葉の選び方、書体の選び方、文章の見せ方について解説し、日本を訪れる旅行者にとってやさしい文字情報はどうあるべきか、内容とデザインの両面から提案を行っています。読者に実感をもってもらえるよう、実際のサインの写真や改善案を示す図版を多く盛り込みました。タイトルこそ「サイン」とありますが、その内容はサインにとどまらず、英文をつくり、組版する際に押さえておくべき重要なポイントが詰まったものとなっています。巻末では、著者2人が日本の英文組版を長年見てきた経験から分かってきた日本の英文表記の問題点とその改善案を「読みにくい英文の主な原因と解決策」としてまとめました。今回はこれを取り上げたいと思います。まずはその主な原因8つです。(以下『英文サインのデザイン』140〜155ページをもとに再構成)

日本で見られる英文組版の読みにくい主な原因

1. 行長が長くて読みにくい
2. 不適切な単語間や文字間
3. 段落間の区切りが分かりにくい
4. 単語スペースの扱いが雑
5. 固有名詞が目立ちすぎる
6. 和文フォントの英字を使用
7. 英文表記に向かない記号
8. 過度な変形や装飾

今回はこの中から、翻訳が何らかの形で改善に貢献できるであろう、下記の4つを取り上げます。

1. 行長が長くて読みにくい
5. 固有名詞が目立ちすぎる
7. 英文表記に向かない記号
8. 過度な変形や装飾

行長が長くて読みにくい

日本の組版によく見られる特徴のひとつです。日本語から英語へ翻訳する場合、英文は日本語の2倍前後の長さになることが想定されます。日本語用につくられたレイアウトに英語を収めようとすると、場合によっては文字サイズをかなり小さくする、あるいは文字サイズは標準のまま行長を伸ばして収めるということになり、文章を目で追いづらくなる可能性があります。

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英語では読みやすい行の長さは、何センチという長さではなく、単語数で判断されます。1行あたりの読みやすい単語数は、12プラスマイナス3単語と言われています。ある海外のタイポグラフィ専門サイトには、左揃えの場合は9〜12単語、両端揃えの場合は12〜15単語が目安と書かれています。

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翻訳された英文は、先に書いたように日本語の2倍前後の長さになると想定されます。もし翻訳作業の最初の段階からレイアウトスペースを考えた訳出作業ができれば、こういった問題も回避できる可能性があります。文章の入るスペースはどの程度の大きさなのか、どのくらいの程度の長さに収めたいのかなど、事前にクライアントに確認できれば、それを踏まえた作業ができます。その際、日本人以外の読者向けという観点から、情報の取捨選択も必要になるかもしれません。原稿は日本人向けにつくられたものがそのまま翻訳用の原稿になることがほとんどですので、これには特にクライアントの協力が必須となります。

固有名詞が目立ちすぎる

本サイトの【翻訳者リレーコラム】「社名は大文字?」でもお話ししましたが、文中で固有名詞をすべて大文字で表記するのは日本での英文表記のもっとも典型的な例といえます。

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たとえば企業名や商品名をすべて大文字で書くというのは、自社や自社の製品のことを知ってほしい、だから目立たせたいという気持ちの表れとも考えられますが、読む側の立場からすると、大文字だけの単語(略称を除いて)があちこちに入っている文章は英語として見た目(「テクスチャー」という言い方もします)がいびつになるうえ、目の動きがそこで一瞬止まってしまうことで集中が途切れます。また、そこだけ飛び出て見え、場合によっては怒鳴って主張しているような印象を与えることもあります。


最近では小文字だけの社名やブランド名も増え、そのまま文章中に入れることで逆に埋もれてしまい、固有名詞として目立たないケースも出てきました。これもこれで文章を読む立場からするとあまり親切ではありません。

文章組版で最も大事なことは内容に集中できるようにすることです。不自然な表記のために一瞬でも読者をためらわせるようなことは避けるのが望ましいです。そのためには、大文字と小文字を組み合わせた標準的な表記が見た目にも一番読みやすく、安心する形といえます。

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英文表記に向かない記号・過度な変形や装飾


3番目と4番目についてはまとめてお話しします。

今は日本語から英語への翻訳は日本語の元原稿に上書きする形で行うことがほとんどだと思います。上書きをしていくことで訳抜けが起きる可能性も減りますし、便利なやり方です。ただ、この際に大事なのは、原文で使われている記号をそのまま残さないということです。

日本の英文印刷物でよく目にするのが、日本語の記号である波ダッシュ/ダーシ(〜)や米印(※)、日本語でも同じように使われるコロンや括弧の流用(全角のまま使用)です。

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翻訳は記号も含めての翻訳であり、英語として自然なものに変えておく必要があります。流用以外にも、隅付き括弧(【 】)をブラケット([ ])に、山括弧(〈 〉)をアングルブラケット(<>)に、というように、似たような形の記号に置き換えている例も見ます。日本語では見出しにこうした記号を使うことが多く、日本語と形を揃えようという考えから、英語でも似た記号を選ぶものと思いますが、たとえ形は似ていても、英語と日本語では使い方が違う場合があります。形だけで判断するのではなく、内容を考えて選ぶことが大事です。


このほか、日本語では見出しや重要な部分に下線を付しているのをよく見ますが、これも英語でも同じようにするのはなるべく避けたいものです。

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アルファベットには、gやyのように下に伸びる部分をもつ文字があり、行間の広さによってはそういう文字に下線が引かれると一部がかぶって見えづらくなるからです。英語ではこのような場合は太字にする、書体を変えるというやり方の方が見た目もすっきりし、読みやすくなります。ですが、そもそも日本語と同じ部分に同じような効果を付ける必要があるかどうか、そこから考えることが大事かもしれません。


いかがでしょうか。翻訳の段階でも、英語の見た目をすっきりさせ、読みやすさに貢献できる可能性があります。内容の正確な訳出を第一に考えることはもちろんですが、同時に、読者にストレスを与えずに伝わるかどうかということにも思いをめぐらせていただきたいと思います。

記号の置き換えという点では、日本語のカギ括弧を自動的に英語の引用符に置き換えることで問題となる場合もあります。これについては【翻訳者リレーコラム】「カッコつけるのもほどほどに」をぜひご覧ください。

第3回では、本書で取り上げたサインの改善例を通して、理想的な英文サインをつくるためにどうしたらよいかを考えていきます。


 

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田代眞理(たしろまり)

1992年よりサイマル・インターナショナルのインハウス翻訳者として、日英・英日の翻訳、チェック、編集、校正に従事。フリーランスでは翻訳のほか、英文出版物の制作で得た知識をもとに、日本独特の英語表記を改善するための活動も行っている。訳書に『欧文タイポグラフィの基本』『ロゴ・ライフ:有名ロゴ100の変遷』(グラフィック社)、『私の好きなタイプ:話したくなるフォントの話』(共訳)、『図解で知る欧文フォント100』(BNN新社)、共著書に『英文サインのデザイン:利用者に伝わりやすい英文表示とは?』(BNN新社)がある。




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