今回は、題して「カッコつけるのもほどほどに」というお話です。
まずはこの例文をご覧ください。
Simul International offers “high-quality” and “reliable” translation services.
このような英文の書き方、日本では比較的よく目にします。
ですが、実はここにちょっとした問題があります。さて、何だと思いますか?
日本語では、強調したいキーワードをカギ括弧に入れることがよくあります。上の例では、高品質で信頼できるサービスを強くアピールするために、それぞれの言葉が括弧に入っています。
しかし英語の場合、この括弧の部分を英語の記号である引用符に置き換えてしまうと、本来の意図とはまったく違うニュアンスを持つことになります。日本で見られる英文の特徴として、以前に社名の大文字表記についてお話ししましたが、この引用符の使い方も、それと同じくらいよく見られる「日本的な英文」の特徴です。
日本語では主にカギ括弧を、引用のほか、特別な用語に、周りの語句との区別に、そして強調に使います。
一方、英語の場合は引用や特殊な用語のほか、一般的でない言い方で、その表現から自分は距離を置きたいというような場合に用いることが多く、強調で使われることはまずありません。
日本語の「高品質」「信頼」を英語で “high-quality”、“reliable” と引用符に入れてしまうと、良さをアピールしたつもりが、逆に英語圏の人にとっては何か疑わしいもの、意味ありげなものに映ってしまうのです。つまり、「『高品質、信頼』と口では言っているけれど、果たして本当のところは……」という感じです。
私たちが日ごろ英文を書くときに表記スタイルの参考にしている『The Chicago Manual of Style』(シカゴ大学出版局発行)では、引用をするとき以外の引用符の使い方について、次のように記しています。
University of Chicago Press. The Chicago Manual of Style. 17th ed.
(Chicago: University of Chicago Press, 2017), 435.
訳:引用符は、ある言葉が標準的でない(または俗語的)、皮肉を含んでいるなど、特別な意味合いがあることを読み手に知らせるためによく使われる。こうした「scare quotes」(注意喚起の引用符)は、「これは自分が使っている言葉ではない」「この言葉は普通はこのような使われ方はしない」ということを暗に示すものである。類似の用法と同じく、使いすぎは効果を弱め、読み手にとっては目障りとなる。
私が今から数十年前、サイマル・アカデミーの日英翻訳コース(現在は産業翻訳コース日英)で勉強していたときの教材にも、次のようなことが書かれていました。
In English, the author uses quotation marks primarily for two purposes: to indicate the exact words of an identifiable person and to indicate that the author wishes to distance himself from a word or phrase.
訳:引用符の使い方に注意!
英語の書き手は、引用符を主に次の2つの目的で使用する。すなわち、特定できる人物の言葉そのものであることを示すため、そして、ある単語や語句から自分が距離を置きたいと考えていることを示すためである。
このように、引用符というのはまさに引用するときに、特別な用語に、そしてある単語や語句がそのものの意味ではないときに用いるものです。日本では、さまざまな出版物で強調に引用符が使われ、意図しないニュアンスを与える結果となっています。日本語の括弧書き部分を英語に訳す際は、内容をよく考えて引用符を使用するかどうかを判断し、単純に置き換えることだけは避けたいものです。
ということで、冒頭にお見せした例文、英語では
Simul International offers high-quality and reliable translation services.
と、引用符がなくてもニュアンスは十分に通じます。
ちなみに、英語での強調の仕方として単語や語句をイタリック体(斜体)で表記するというのがあります。ただ、それも使いすぎると効果がありません。英文では、たとえば強調したい部分を文の最後に持ってくるなど、文章の作り方で強調的な意味合いを出すことができます。強調部分をイタリックにしようとする場合も、本当に効果的かどうかを考えることが大切です。
(注)この記事は、2015年11月に「サイマル翻訳ブログ」に掲載されたものです。
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