海外IR:資本市場の最前線を楽しむ<第1回>

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IRにおける通訳は、ビジネス通訳の中でも大変需要の多い分野である一方、業界知識から財務、会計等に関する専門知識が求められます。このコラムでは、海外IRの通訳経験が豊富な丹埜段さんが、海外IRの概要、必要な準備、また、通訳者の役割などについて3回にわたりお話しします。

自己紹介

はじめまして、丹埜段(たんのだん)と申します。私自身通訳者翻訳者で、それに加え、IR通訳に特化した通訳会社アイリス(IRIS)を経営しています。

私は2008年に通訳者になりました。通訳については、サイマル・アカデミーに数ヶ月通い、あとは主に独学で身につけました。短いフリーランス期間を経て、証券会社にインハウス通訳者として入社、そこでIR通訳に出会いました。インハウスを3年半続けたあと、7人の通訳者と共にアイリスを立ちあげました。

 

アイリスでは、日本国内でのIR通訳はもちろん、(当記事のテーマである)海外IR通訳にも力を入れています。力を入れるあまり、私は昨年オランダ(アムステルダム)に引っ越し、現在は日本とヨーロッパで通訳エージェント業を行っています。
規模を追求せず、通訳者を厳選し、登録後もチームとして切磋琢磨を続け、最高の通訳をすることで日本のIRをより良くするお手伝いをしています。

IRの各種形態

日本の上場企業は、いろいろな形でIR(Investor Relations)活動を行っています。ウェブページの「投資家向け情報」を充実させたり、アニュアル・レポートを発行するなどの、ある種「静的」な活動もあります。一方で、我々通訳者が参加するような「動的」なIRもあります。

・投資家との電話会議や面談
・証券会社主催のIRカンファレンスへの参加
・海外IR

などが「動的」IR活動にあたります。いずれも、日本の上場企業と外国の機関投資家との間のミーティングを伴います。そして、それらの電話会議やミーティングにおける通訳、それこそが「IR通訳」です。

海外IRとはどのようなものか

今回の連載では、我々通訳者が参加する動的なIR活動のうち「海外IR」に焦点を当てます。


外国人投資家が日本に来て、企業と会う形で行われる「国内IR」に対し、海外IRはその逆。日本企業のマネジメントの方々が海外に出張する形で行われます。主な行き先は欧州・英国、アジア(香港/シンガポール)、そして北米です。

 

海外IRは、約1週間かけて行われることが多いです。よくあるのが、日曜日に日本を出発、その日の内に現地入りし、月曜日の朝から投資家とのミーティングを開始するパターンです。一日あたり3~5コマ程度のミーティングを重ねながら、週が進んでいきます。多くの場合、欧州内や北米をあちこち動き回り、複数の都市を回ります。その場合、日中にミーティングを行った後、夕方のフライトで次の都市に移動する、というややハードな面もあります。

 

通訳者については、日本から連れて行くこともありますし、私のような現地在住の通訳者が通訳を担当することもあります。ミーティングは通常1時間。逐次通訳です。最初に企業側が会社の概要や足元の業況などについて少し話し、その後Q&Aに移るのが一般的です。

ディールとノン・ディール

海外IRの大きな特徴の一つ、それは「ディール絡みの場合がある」という点です。「ディール」と言われても耳慣れない方が多いと思います。ディールというのは、IPOPO(公募増資)などの「エクイティ・ファイナンス」を伴うIRです。

 

企業の資金調達にはいくつかのパターンがあり、最も一般的なのが銀行からの借り入れ デット・ファイナンス」です。

 

 一方、上場、あるいは事業の拡大に伴い、株式を発行・売却して資金調達をするのが「エクイティ・ファイナンス」です。要するに、「株をあげるからお金をください、ウチに投資してください」と投資家たちに頼みに行く、これが「ディール・ロードショー」です。

 

海外IRにもいろいろな種類があります。決算後の定例的なIRロードショーのような、言ってみればやや気楽なIRもあります。一方で、ディールすなわちエクイティ・ファイナンスの場合は「悲願の上場!」「3000億円を公募増資!」というような、新聞の一面を賑わすようなかなり真剣勝負な、ビジネスの最前線気分を味わえるIRになります。こうした緩急(?)を楽しめるのも海外IRの魅力の一つです。

 

IPOやPO、すなわちディールに伴う海外IRを「ディール・ロードショー」と呼びます。一方、そうではない海外IRは「ノンディール・ロードショー」(Non-deal roadshow, NDR)と呼ばれます。

 

ディール・ロードショーは、複数のチームに分かれ、手分けして世界を回ることが多いです。社長率いるチームは「Aチーム」と呼ばれ、その会社にとって最も重要な投資家を回ることになります。それ以外に「Bチーム」、ときには「Cチーム」まで組成され、各チームに複数の証券会社のバンカーたちが同行します。もちろん通訳者も同行します。そして期間中、電話会議を活用してチーム間で連携を取りながら、世界中でロードショーを進めていきます。

ディール・ロードショーにおける通訳

かなり乱暴に言うと、ディールというのは、


1.何かやりたいことがあるのに、それを実現するためのお金が足りない人(企業)
2.お金はあるが、やりたいことが無い人(投資家)


この二者を結びつけ、資本市場の血液とも言えるマネーを循環させ、それを世の中の役に立たせる、これがディールであり、このディールを成功させることこそが、海外IRを担当する我々通訳者に課された使命なのです。


そして、その会社がなるべく高い株価で上場なり公募増資が出来るよう、お手伝いすることが我々通訳者の重要な役目です。これについては後述します。

 

海外IRは資本市場の、まさにその最前線です。上場企業が誕生する瞬間(IPO)や、「大企業トップ VS 一流投資家のせめぎ合い」をアリーナ席で眺められる……いや、眺めるどころかまさに当事者としてそれに参加できる、それが海外IR通訳です。

丹埜段
丹埜段(たんのだん)

イギリス人の父と日本人の母の間に生まれる。徹底したバイリンガル・バイカルチュラル教育のため、小中学校で8回転校。
慶応大学卒業後、三菱商事とモルガン・スタンレー証券での計10年間のサラリーマン生活を経て、通訳者に。短いフリーランス期間の後、2008年に社内通訳者として野村證券に入社。
2012年、同社を退社し、IR通訳に特化した通訳会社アイリスを設立。欧州での事業拡大に伴い、2019年に家族と共にオランダに移住。

【続きはこちらから】「海外IR――資本市場の最前線を楽しむ――」第2回

 

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