最終回 内容による知的財産の種類と特徴【知的財産の通訳】

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3回にわたり連載予定の「知的財産の通訳」。この分野の通訳をするにあたって押さえたい基本的な知識について、一般社団法人発明推進協会アジア太平洋工業所有権センター・センター長の扇谷高男さんがわかりやすく解説します。最終回は「内容による知的財産の種類と特徴」です。

 

第1回でも述べたように、人間が知識や知恵を使って生み出したアイデアや作品の中で財産的価値を持つものを知的財産と言います。人間の知的創作には、技術的創作芸術的創作、及び他との識別のための標識的創作があります。これらの創作活動を奨励し、産業や文化の発展を促そうとするのが、知的財産制度です。

技術的創作

技術的創作とは、自然法則を利用して誰が行っても同じ結果を再現できるものを新しく生み出すことであり、高度な技術的創作が産業を発展させます。したがって、最初に創作した者がその功績を評価されるべきです。一方、他者の創作に基づいて誰でも思いつくような簡単な設計変更などに、最初の発明と同等の評価を与えるのは適切ではないでしょう。そこで、特許や実用新案、意匠などは、最初に創作した者に大きな独占権を与えるようにしたのです。また、簡単な設計変更などには権利を与えず、一定以上のステップアップがあったものだけに権利が与えられるようになっています。


高度な技術的創作が発明です。古くは、エジソンの白熱電球やノーベルのダイナマイトが有名です。19世紀から20世紀当初の発明は、基本的には個人によるものが中心でした。しかし20世紀に入ってからは、企業が組織的に研究開発し、研究成果を商業化するようになりました。発明はあくまでも研究者によって生み出されますが、発明を保護する特許権は、企業が所有する方が有効で効果的です。そして企業は、ビジネスツールとして特許権を取得し活用するのです。また、研究成果を特許として権利化するのでなく、ノウハウとして秘匿することもビジネス戦略の一つです。


最近の企業のビジネス戦略は、オープンイノベーションを軸に展開しています。つまり一社のみで研究開発するのではなく、複数の者が連携協力して発明を生み出し、イノベーションを創造していくのです。その時に特許権やノウハウをどう保護し、活用していくかが、企業にとっての極めて重要な知的財産戦略となっていきます。

芸術的創作

私たちは毎日の生活の中で、本や雑誌で小説や詩を読んだり、CDやDVD等で音楽を聴いたり映画を見たり、絵画や彫刻を鑑賞したりします。このような文学、音楽、美術、アニメなどは、それを作成した人が自分の考えや気持ちを表現したもので、著作物といいます。著作物を生み出す者の努力に報いて文化を発展させるための制度が、著作権制度です。

 

他人の著作物を無断で模倣するのは認められませんが、別々の人が別々のところで自分で創作したものが、偶然一緒の作品になることもありえます。この場合、どちらか一人に権利を与えるとかえって文化の自由な発展を妨げることになるので、著作権は、創作したときに自然に発生することとし、特許権や意匠権、商標権のように登録を要件とはしていません。

 

以前は、著作権は、絵画や小説、音楽等典型的な著作物のみを対象としていましたが、近年は、この創作の表現方法が多様になってきており、また著作物には、芸術レベルを要求していないので、著作物の範囲がどんどん拡大しています。コンピュータプログラムやデータベース、映画やゲームソフト、インターネットにアップロードされているコンテンツなども著作権の保護範囲に加えられています。そして、この範囲は今も拡大しつつあるのです。

標識的創作

皆さんにも、お気に入りの商品があると思います。化粧品やお菓子、飲み物など、いつも決まって同じものを買っていることが多いのではないでしょうか。そのとき同じものを選ぶときに目印としているのが企業の名前やマーク、商品やサービスの名前やマークです。この名前やマークが商標です。

 

商標には出所表示機能があります。つまりその商標を見ると、使用されている商品又はサービスは同じ企業が提供しているものであると認識できます。また、その商品やサービスが一定の質を維持しているということも認識できます。品質保証機能です。この出所表示機能と品質保証機能により、人は商品を選んでいるのです。そして商標は、商品やサービスを紹介普及させるための道具として使用されます。つまり商標には広告宣伝機能もあるのです。商標が「無言のセールスマン」と言われるゆえんです。


この商標が反復継続的に使用され、顧客吸引力を発揮し始めると、その商標自体が財産的価値を持ち、ブランドとなるのです。もちろん、ブランド力を持つためには、宣伝広告などで多くの人に認知してもらうと共に、優れた品質やサービスを提供し続けることによって信頼感を与え、他社の商品と差別化し、継続して購入してもらう必要があります。しかし強いブランド力を持てば、その企業の株価は上昇し、企業価値は大幅に高まります。ただし、一旦信頼感を失うようなことがあれば、ブランドは一気に地に落ちてしまいます。

デザイン

デザインは、元来、個々の製品の外観を工夫して顧客の好感度を高めようとするものです。複数の同様な製品があって、一方のデザインが優れていると、多少価格が高くても、顧客はそちらを選んで購入します。そして、企業が大切にしている価値観がデザインを通して顧客に通じれば、それはブランド価値となっていきます。複雑な機械装置については、個々の優れた技術の統合として洗練された外観が作り上げられます。そしてそのデザインが、顧客の気づかないニーズを掘り起こし、イノベーションを起こすのです。薄型テレビやソニーのウォークマン、アップルのスマートホンなどが典型的な例でしょう。


このように、デザインには技術的創作と標識的創作の両方の要素があるのです。近年、このデザインの価値にスポットが当たってきています。2018年5月には、経済産業省・特許庁が「デザイン経営」宣言を提言しました。デザインを有効な経営手段として戦略の中心に据え、ブランド力とイノベーション力の向上を図り、企業競争力を高めていくべきだという提言です。そしてデザイン経営を主導するスキルを持った「高度デザイン人材」の育成が重要であるとしています。「高度デザイン人材」とは、ビジネス・テクノロジー・デザイン(BTD)の 3領域のスキルを横断的に保有する人材と言われています。(図)

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経済産業省 第1回高度デザイン人材育成研究会 資料15頁目より抜粋

 

通訳・翻訳の際に留意したい点

知的財産権は、法律によって保護されます。その保護の対象が、特許の場合は技術的創作であり、著作権の場合は芸術的創作であり、商標の場合は製品・サービスについての識別的創作です。意匠は、技術的創作と識別的創作の複合体です。


その保護の対象である、技術や芸術や製品・サービスは、時代の進展に応じて大きく変化してきています。特に、近年の急激な価値観の変化の中で、保護対象もその範囲が急速に拡大し、内容も著しく変化してきています。中には、これまで世の中になかった新たな技術や芸術が創出され、新たな製品・サービスが誕生し、新たな言葉が次々と生み出されていきます。


また国・地域によって、用語の定義や適用の範囲が異なります。新たな技術や芸術、新たな製品・サービスを表現しようとしても、言語間で必ずしも統一した対応関係にはならないでしょう。ITや医薬などいくつかの専門技術分野で、特定の表記を共通的に用いている場合もありますが、今後このような状態が継続するとは必ずしも言い切れません。


結局、文脈を深く理解するとともに、各国の文化や生活を踏まえた適切な用語を選択し用いることが求められていくと予想されます。これは、自動翻訳やAIだけですべて解決できるものではありません


通訳・翻訳は、非常にやりがいのある分野だと思います。ぜひ、多くの方々に十分理解していただき、前向き、積極的に取り組んでいただきたいと期待しています。

 

 

扇谷高男(おおぎやたかお)

一般社団法人発明推進協会 アジア太平洋工業所有権センター・センター長。特許庁特許管理企画官、特許審査企画官、京都大学客員教授、内閣府参事官、特許庁審査第三部首席審査長、工業所有権情報研修館人材開発統括監を経て、2010年4月より現職。
一般社団法人発明推進協会ウェブサイト:http://jiii.or.jp/

【最初から読みたい】知的財産の通訳 第1回

 

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