通訳者人生の道をつけてくれた永遠のバイブル【通訳者・翻訳者の本棚から】

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サイマルで活躍中のプロが、通訳者翻訳者人生にかかわる一冊を紹介する「通訳者翻訳者の本棚から」。「大きな案件の前に気合を入れたいときに読む本」「落ち込んだ時に読みたくなる本」「いつも仕事で使っている本」「スキルアップや知識向上のために活用している本」など、さまざまなテーマの中から選ばれた今回の一冊は……?

私の一冊:『中国語通訳~日中通訳者への道』 

みなさん、こんにちは。日中会議通訳者の渋谷千春です。今日ご紹介するのは、塚本慶一先生の著書『中国語通訳~日中通訳者への道』(サイマル出版会)※1です。私にとっての永遠のバイブルであり、私の通訳者人生の道をつけてくれた本といっても過言ではありません。

通訳者になるためには?」という疑問に答えてくれた本

私と中国語との出会いは80年代 初頭、大学での第二外国語の授業でした。学生時代は演劇に打ち込み、卒業後も劇団で活動をしていましたが、壁に突き当たり、そこですがったのが中国語でした。語学留学で訪れた北京は、思いがけないほど自由な雰囲気に満ちており、中国の人たちと本音で付き合う中、中国語の世界へとはまっていきました。その後中国の出版社で働きましたが、「天安門事件(1989年)」により帰国。旅行会社に就職したものの、あいにく中国語を使う機会には恵まれませんでした。

「中国語で自分の人生をなんとかしたい」「やるからにはなんとしても通訳者になりたい」――そんな私に道を切り拓いてくれたのが『中国語通訳~日中通訳者への道』です。日中通訳訓練用の教材はおろか、中国語の教材も今ほど豊富でなかった当時、通訳者になるためにどんな勉強をしたらよいのか、夢をかなえるために今の自分にできることは一体何なのか、その疑問に答えてくれたのが、まさにこの本でした。

本と塚本先生の授業から学んだこと

本の構成は、Ⅰ通訳メモ、Ⅱ通訳現場、Ⅲ通訳資料からなっています。そのうち一番のボリュームを占めるのが、教材部分の「Ⅱ通訳現場」です。代表団の訪日に沿った通訳実例が豊富に収録されており、サイマル・アカデミーの入試を前に、この部分を一生懸命声に出して練習したことが懐かしいです。「現場で訳文を聞けば、サイマル出身者だと分かる」とまで言われるほど、基本文型については、教室でもたたきこまれました。

そして最も印象深く、その後の私の通訳者人生の道を照らしてくれたのが冒頭「Ⅰ通訳メモ」の部分です。ここでは、通訳者に求められている最大かつ不可欠な資質として、「Feeling」が挙げられています。それはつまり「(1)反応が敏捷で(2)ことばの受け止め方が的確で鋭く (3)感情が豊かで (4)雰囲気 が充分にある」ことだとしています。訳としての「正解」だけをつい求めがちだった自分の学習方法に、新たな視点を示してくれました。塚本先生の最初の授業も、本に書かれてあった通り「Feeling」の曲で始まりました。実際の授業でも、「的確な訳」以上に、声のトーンや雰囲気などについてより厳しく指導されました。どんな場にあっても、「お客様に求められる通訳者たれ 」という視点です。アカデミーでは、服装や礼儀、ブースに入る際の通訳者同士のマナーなどについても、先輩諸氏から学ぶことができました。この本、塚本先生、そして先輩方や一緒に切磋琢磨した仲間たちとの出会いがなければ、今の私はなかったと思います。

思いを伝える生身の人間通訳者として

通訳者としての道に王道はありません。本に書かれている知識だけに頼り、与えられた教材をこなして、試験に受かれば通訳者になれるというものではありません。AI全盛時代に入りつつある現代でも、私たち通訳者がまさにこの「Feeling」を有しているからこそ「思い(心)を伝える生身の人間通訳者」として生き続けていけるのだと思います。

また、新型コロナウイルス感染症の流行により、会議通訳者の仕事のやり方にも、大きな変化が出てきています。Web会議はもとより、自宅でのリモート同時通訳も今後はその数を大きく伸ばしていくことでしょう。そうした中、いかにして話し手の気持ちに寄り添い、その「思い」を伝えていけるのか。新たな課題に直面しているところです。

この本との出会いから30年余。先生が理想としていた通訳者像に今の自分は一体どれだけ近づけたのでしょうか。初心に帰り、さらなる精進を誓う今日この頃です。

 

そのほかのお気に入り書籍

『英語は女を変える―同時通訳者が見たコミュニケーションの不思議』※2
(篠田 顕子、新崎 隆子著/はまの出版

現場の通訳者の生々しい体験に触れることで、通訳ブースの中で奮闘している将来の自分をイメージすることができ、励みになりました。また「コミュニケーションの原点」について考えるきっかけとなりました。今読み返しても「通訳あるある」満載の本です。

 


●『閉ざされた言語・日本語の世界』
(鈴木孝夫著/新潮社)

●『ことばと文化』※3
(鈴木孝夫著/岩波書店)


将来言葉に関わる仕事をするとは全く思いもしなかった学生時代、言語学の授業で、この著書に触れました。日本語を客観的に眺め、ことばと文化の関係性について初めて考えさせられたのがこの本でした。


※1、2
:書籍紹介の都合上、古本を取り扱うオンライン書店のひとつをリンク先として紹介しています。絶版のため、ご興味のある方は書店や図書館などをご利用ください。
※3:書籍情報の掲載上、お取り扱いのある書店のひとつをリンク先として掲示しています。

 

渋谷千春さん
渋谷千春(しぶやちはる)

日中会議通訳者。慶応義塾大学文学部国文学専攻卒業。中国語との出会いは大学時代の第二外国語。大学卒業後は劇団員として舞台に立つ。語学留学、中国での出版社勤務を経て1991 年より中国語通訳者としての活動開始。勉強大好き。(Certified Financial Planner(CFP®)・韓国語能力試験高級・日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート)

 

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