「常識力」を鍛える【翻訳者リレーコラム】

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スキルアップのために必要な知識や情報、日々の仕事での失敗や成功のエピソードなどを、英⇔日翻訳者がリレー形式で執筆します。今回は、ある「常識」を念頭に置いて訳す重要性についてです。

翻訳は、語学力と理解力と文章力の合わせ技です。どれ1つ欠けても成り立つ仕事ではありませんが、このコラムを読んでいる方は一定レベル以上の語学力と文章力をすでにお持ちのことと思いますので、そのうえでさらにスキルアップを図るために重要な理解力について、私が常々思っていることを書きたいと思います。

「常識力」とは?

ここでいう理解力とは、原文の意図を正確に読み解く力です。その理解力を支えるのは「常識力」だと私は思っています。常識力とはどういうことなのか、簡単な例文で考えてみましょう。

①日本や米国、中国をはじめとする新興諸国についても同様のことが言える。
(The same can be said about Japan, the United States, and emerging economies such as China.)
②日本や中国、インドをはじめとする新興諸国についても同様のことが言える。
(The same can be said about Japan and emerging economies such as China and India.)

①と②の日本語を比べてみてください。国名こそ違いますが、文の構造はまったく同じです。にもかかわらず、カッコ内の英訳はまるで異なります。なぜ、訳し分けているのでしょうか。それは、「日本や米国は新興諸国ではないけれど、中国やインドは新興諸国である」という常識を私たちが持っているからです。原文である日本語を読み、情報として取り込むときに、頭の中にある常識と照らし合わせて読み分けているのです。普段あまり意識していないかもしれませんが、これは日々のコミュニケーションのなかで常にやっていることです。

例に挙げたのは誰でも知っているような一般常識ですが、私たちが念頭に置くべき常識は、「翻訳しようとする文書の書き手とその書き手が想定する読み手の常識」です。残念ながら、翻訳者は書き手が想定する読み手ではありません。つまり、目の前にある文書を正確に読み解くために求められる常識と翻訳者である私たちの常識の間にはギャップがあるということです。そして、そこには読み間違い(誤訳)のリスクが潜んでいます。そのリスクを最小限にとどめるためには、常識力を鍛える必要があります。

先ほどの例文を読み間違える人はいないと思いますが、これが学術論文や社内文書だったらどうでしょうか。例えば、経済学の論文は、経済学者が経済学者に読まれることを想定して書くものです。経済学者であれば当然知っているべき知識(経済学者の常識)を必ずしも持っていない翻訳者にとっては、ハードルの高い案件です。社内文書はある意味もっと厄介かもしれません。特定の組織内でのみ通じる用語や略語のオンパレードかもしれず、なおかつ、調べるのが困難だからです。

自分の常識を疑う

では、常識力はどうやって鍛えればいいのでしょうか。ここで目から鱗の処方箋を示せれば言うことなしですが、残念ながら、そんなものは持ち合わせておりません。とはいえ、何もやっていないかというと、そういうわけでもありません。月並みですが、目の前の仕事と大真面目に取っ組み合っています。そうすることによって、少しずつ知識が増えて、常識力が鍛えられていくと思うからです。具体的に何をしているかというと、少しでも腑に落ちないところがあれば納得いくまで調べるということなのですが、そのとき、気をつけていることがあります。自分を疑うということです。

腑に落ちないということは、何らかの論理矛盾を感じるということですが、そのときに真っ先にやるべきは自分の常識を疑うことです。実際にそれで救われたこと(誤訳をまぬがれたこと)が何度かあります。自分の常識に照らして「あり得ない」と感じ、原文の誤植ではないかと思いつつも、まずは自分を疑って、常識をかなぐり捨てて調べ直してみたら、やっぱり自分が間違えていたというケースです。とても時間がかかるし、疲れる作業ですが、それで新たに手に入れた知識は身につきます。同じ案件に二度めぐり合うなんてことはそれこそあり得ない話ですが、ある案件で苦労して身につけた知識はいつか別の案件で役立ちます。何かを調べると、そのものだけでなく周辺にあるさまざまな情報を取り込むので、結果的に知識が増え、常識力が高まるからです。常識力が高まれば、読み間違いのリスクが小さくなり、より的確に内容把握につながり、それは出来上がった翻訳文にも反映されます。

 

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同じ情報を伝える

常識力は、ある言葉からどれだけの情報を読み取れるかということでもあります。

例えば、

global value chain (GVC)

という言葉を目にしたとき、どんなことを頭に思い浮かべるでしょうか。

日本語は、そのままカタカナでグローバル・バリュー・チェーン(GVC)ですが、仮にそれだけしか思い浮かばないとしたら、それは単に言葉を知っているだけです。GVCとは企業の国際生産分業ネットワークのことで、生産工程の各部分で生まれる付加価値に着目した言葉です。こうしたネットワークは1990年代以降のグローバル化の流れのなかで構築されたもので、生産工程のどの部分を自国に取り込むことが競争優位につながるかという文脈で語られることが多く、付加価値の創造はGVCの上流(研究開発)に集中すると考えられています。経済学の論文や国際機関の報告書であれば、おそらく、これくらいの知識を読み手は持ち合わせているだろうという前提で書かれています。

その論文なり報告書なりを翻訳することになった場合、言葉を知っているだけの人が訳すのと、上記のような「GVCに関する常識」を持っている人が訳すのとでは、当然、出来栄えが違ってきます。単に言葉を知っているだけでは、書かれている内容のどの部分が重要で、強調されているかというところまで読み取るのは難しく、結果として、原文に書かれている内容は漏れなく反映されているようだけれど、何を言いたいのかよく伝わってこない翻訳文になってしまいます。学校の試験であれば、間違いがなければ百点満点かもしれませんが、仕事の世界ではそうはいきません。メッセージが明確に伝わってこない翻訳文では使いものにならないので、合格点をもらえません。

「翻訳は足さない、引かない」ということがよく言われますが、これは、言葉の足し引きではなく内容の足し引きのことです。そして、内容を足し引きしないということは、原文を読み終わった後に頭の中に残る情報と翻訳文を読み終わった後に頭の中に残る情報が限りなくイコールに近いということであると、私は思っています。例えば、製品の取扱説明書の日英翻訳であれば、日本語版を読む人と英語版を読む人に同じ内容が伝わり、どちらを読んでも同じようにその製品を使えるようにならなければなりません。使いものになるとはそういうことです。

おわりに

先ほど、常識力を鍛える目から鱗の処方箋はないと書きましたが、何となく役立っていると思えることはあります。それは、自分なりの意見を持ち、そのうえで自分と違う意見を持つ人の話に興味を持つことです。同じ意見の人ばかりと話していると「自分の常識」「自分たちの常識」になり、いつしかそれが「世間の常識」であるかのような錯覚に陥ってしまうことにもなりかねません。常識力を鍛えるとはその逆をやることです。それは、闇雲に何でもかんでも信じるということではなく、違う意見にきちんと耳を傾け、議論し、同意はせずとも筋の通った話であれば、知識として取り込むということです。

目の前の仕事と真剣に向き合うとともに、頭を柔らかく保ち、知識に貪欲であることがいい仕事につながるのではないでしょうか。

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名島光子(なしまみつこ)

津田塾大学卒。商社勤務を経て、Boston University School of JournalismでMS取得。帰国後、ジャパンタイムズで記者・デスクとして13年間勤務。2002年からフリーランス翻訳者。主に経済、法務分野の日英・英日翻訳。