通訳者に必要な3つの能力 【小松達也アーカイブス 第5章】

日本を代表する同時通訳者で、サイマル・インターナショナル創業者のおひとりでもある小松達也さんによる通訳エッセイ。今回は長年通訳者養成に携わってきた講師の目線から、通訳者として活動するのに必要な能力についてご紹介します。

第2外国語を学び、身につける

私が教えるサイマル・アカデミーの生徒さんには、会議通訳者を目標としている方が多くいます。皆さん大変熱心で、接していると、その熱意がひしひしと伝わってきます。 サイマルの専属通訳者にはアカデミーの出身者が多数いますが、現在のアカデミーの生徒さんも、こういう先輩たちの第一線での活躍を目にしているから、勉強に熱が入るのだと思います。

以前、通訳に興味があるという若い人から「通訳者になるには、帰国子女のほうが有利でしょうか」と聞かれたことがあります。帰国子女には外国語が比較的自由に話せる人が多く、通訳の道に入るのに有利であることは確かでしょう。しかし、通訳者全体で見ると、帰国子女の数はそれほど多くはありません。以前、サイマル登録されている英語・日本語間の通訳者に対して調査したことがあるのですが、その時は、登録通訳者での帰国子女の占める割合は約30%でした。ということは、残りの70%ほどの人たちは、英語を第2外国語として学んだ人たちだということです。つまり多くの人たちは、いわば自分の力で通訳者として必要な非常に高い外国語力を身に付けてきたのです。

サイマル・アカデミーの授業イメージ

通訳者養成と外国語

さて、通訳者として活動するのに必要な能力は、大きく3つに分けることができると思います。

1.  言葉(主として英語など第2言語)の力
2.  経済、政治、国際関係、ビジネスなど内容についての知識
3.  ノートの取り方、聞きながら同時に話す同時通訳のスキルなど通訳に特有の技術

サイマル・アカデミーの通訳者養成コースなど、養成・訓練の過程で教えることができるのはこの中の主として3、そして2です。ただし2は直接教えるのではなく、訓練の過程で使うスピーチなどの教材に2のような分野が多いため、通訳の訓練をしながら、いわば間接的に知識を身に付けるわけです。知識の重要性はいつも生徒さんに強調してはいますが、 知識は当人に関心がなければ身につきません

ところで、1の言葉の力ですが、これが肝心で、かつ非常に問題です。
逐次通訳に非常に大切なノートのとり方を例にとってみましょう。例えば英語・日本語間の通訳でノートをきちんと取るためには、英語を聞き取る力(listening comprehension)がかなり高くなければなりません。ノートを取るということは、理解の延長なのです。英語の理解力が不十分では、正しいノートを取ることはできません。ということは、ノートの取り方を習う前に、かなり高い英語力を持っていなければならない、ということになります。
同時通訳のスキルに関しても同じことが言えます。いえ、同時通訳の場合には聞いてすぐ理解するだけでなく、その内容を直ちに他の言語で表現しなければなりませんから、さらに高い言語力が必要だということになります。

ところが通訳者養成・訓練のためのクラスは、基本的には外国語を教えるクラスではありません。もちろん、通訳の練習は英語など外国語力の上達の役に立つだろうと思います。少なくとも上達しなければ、という心理的刺激にはなるでしょう。しかし、その効果は間接的なものです。私たち教師は、通訳の訓練を通して参加者の英語力の問題点を指摘し、改善方法をサジェストしたりすることはできます。しかし、英語力そのものの向上は、参加者自身の意識と努力に待つほかはありません。通訳者をめざす人たちは、できるだけの時間を使って第2言語能力の向上に努めなければならないのはこのためです。通訳の力の中で、通訳特有のスキルが占める割合は比較的小さいのです。参加者の人たちにはぜひ、このことを理解していただきたいと思います。

幸い、サイマル・アカデミーの生徒さんは優秀な人がそろっています。私は大学でも教えていますが、熱心さという点ではサイマル・アカデミーの生徒さんたちは本当に際立っています。その熱意とたゆまぬ努力で、すぐれた先輩たちの跡を継ぎ、国際コミュニケーションに貢献できる通訳者になっていってほしいと心から願っています。



※この記事は2013年7月、サイマル・インターナショナルのWeb社内報に掲載されたものを一部編集し、再掲載しています。


小松達也さん
小松達也(こまつたつや)

東京外国語大学卒。1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、以後、社長、顧問を務める。日本の同時通訳者の草分けとして、首脳会議(サミット)、APECなど数多くの国際会議で活躍。サイマル・アカデミーを設立し、後進の育成にも注力した。サイマル関係者の間ではTKの愛称で親しまれている。

 

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