通訳者はシャーロック・ホームズ?【小松達也アーカイブス 第3章】

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連載「アーカイブ・シリーズ」では、日本の同時通訳者の草分けでサイマル・インターナショナル創設者のおひとりでもある小松達也さんのエッセイを特集します。50年間にわたる現役通訳者時代のエピソード、プロ養成者の視点から見た通訳者についてなど、第一線を走り続けた小松さんならではの思いやことばをお届けします。

通訳研究の第一人者が語る「通訳論」

通訳者は名探偵

通訳研究の第一人者であるダニエル・ジルさん(パリ第3大学名誉教授)が日本を訪れた時のこと。私は彼の話を聞きに行ってきました。ジルさんは私と同じようにもともとは会議通訳者ですが、1980年代前半から本格的に通訳研究に取り組み、以来多くの本や論文を書いています。一番よく知られているのは『通訳翻訳訓練』(みすず書房 “Basic Concepts and Models for Interpreter and Translator Training”, 1995)です。

私は、1986年に彼が国際交流基金の奨学金を受けて日本に来ているときに会い、当時私が担当していたNHKテレビの「英会話II」にゲストとして迎え、対談をしました。彼はまた、サイマル・アカデミー(以下、アカデミー)の私のクラスにも来てくれました。

テレビの対談で通訳についていろいろ語り合ったのですが、その中で彼は「通訳は知的な仕事だ(“interpreting is intellectual work”) 」「知識と分析力が何より必要だ」と言っています。そしてジルさんは、通訳者は「ロケットじかけのシャーロック・ホームズ(“a rocket-driven Sherlock Holmes”)であるべきだ」と付け加えました。依頼人の服装や口癖などのちょっとしたヒントで問題を解き犯人を割り出す名探偵ホームズのように、スピーカーの話す言葉をヒントに彼の言いたいことを正確に捉える、そしてそれを同時通訳の時のように素早く瞬時に表現するのです。通訳者にはそのような優れた知的能力が必要です。通訳者といえば、言葉の専門家のように一般には思われます。ある程度の言葉(英語などの第2言語)の力が必要なのは当然ですが、それに加えて、あるいはそれ以上に知識と考える力が必要です。

私が教えていたアカデミーの通訳コースのクラスでも、生徒さんたちはみな優秀で英語力も高いのですが、たとえば英語を日本語に訳すとき、スピーカーの話をもう一つよく理解できないことが多いのです。これはやはりその話のテーマ、経済、ビジネス、政治などといった話の内容に関する知識の不足と聞いたことを論理的に分析する力が欠けているからです。通訳コースも、レベルが上がると英語力はそんなに問題ではありません。問題は知識と推理する力です。シャーロック・ホームズのように話を聞いて素早く推理し、話し手の真意をつかむのです。これからはアカデミーのクラスでもシャーロック・ホームズのビデオを見せたらいいのではないかと思います。 

同時通訳は「L+P+M+C」?

もうひとつ、ジルさんが提唱して良く知られるようになった通訳に関する方式に「努力モデル(effort model)というものがあります。

例えば同時通訳(SI)では下記のようになります。

SI = L (listening) + P(production) +  M(memory) +  C(coordination) 

そして、人間の処理能力(理解したり、話したり、記憶したりする能力)には限りがあり、通訳の作業中にこの方式のL、 P、 M、 C の4要素のうち、ひとつでも処理能力を超えると挫折や通訳のエラーが起こる、というものです。

たとえば、同時通訳中にスピーカーの話し方が早すぎて通訳者の聴き取り能力(L)の限界を超えると、通訳にエラーがでたり、滞ったりします。P(訳す・話す)、M(記憶する)、C(調整する)についても同様です。実際に同時通訳しているときには聞いて理解することに一生懸命で、この4つの要素を別々に意識するということはありません。同時通訳がこの4つの要素から成り立っていることは事実ですが、この方式は、現実の通訳には必ずしも即したものとは言えません。実際の通訳では、何よりも話を正確に理解するということに集中します。この点で、私のように通訳をすることと教えることという実技に専念している人間にとって、通訳理論というのはもうひとつピンとこない点があります。実際と理論の差というのはそういうことだと思います。 

第2言語の上達法

先に挙げたNHKテレビの対談番組の最後で、ジルさんに次のような質問を投げかけました。通訳者になりたいと思う多くの若い人たちに、英語(第2外国語)が上達するにはどうしたらいいか、という質問です。ジルさんは次のように答えました。

「外国語を学ぶのは高い山に登るようなものだ。北壁から登るのがいい、あるいは南側からがいいというようなことはない。自分に合った長続きしそうな方法を見つけて一生学ぶ努力を続けることだ。そして何よりも学ぶことが楽しいように工夫することが大切だ。」 

私もこの意見に賛成です。長続きさせること、そして楽しむこと、このふたつだと思います。

※この記事は2016年7月、サイマル・インターナショナルのWeb社内報に掲載されたものを一部編集し、再掲載しています。

小松達也さん
小松達也(こまつたつや)

東京外国語大学卒。1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、以後、社長、顧問を務める。日本の同時通訳者の草分けとして、首脳会議(サミット)、APECなど数多くの国際会議で活躍。サイマル・アカデミーを設立し、後進の育成にも注力した。サイマル関係者の間ではTKの愛称で親しまれている。

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