英語以外の言語の翻訳事情や、仕事のエピソード、スキルアップ情報などを、翻訳者がリレー形式で紹介します。今回は「ベトナム語ホンヤクの世界」。ベトナム語翻訳者・通訳者として活躍する小尾晴さんがプロとしてどのように歩んできたのか、ベトナム語翻訳・通訳需要の変化と重ねて語ります。
私は大学院の学生だった頃、1997年に研究目的でベトナムに留学し、ベトナム語を学びました。
それから20年以上、フリーランスの期間と会社員だった期間がありますが、思いがけずずっとベトナム語を使って仕事を続けて来ることができました。
その経験を基に、フリーランスのベトナム語翻訳者として活動する際に役に立った経験や、翻訳する上で大切にしていることについて、お話ししたいと思います。読んでくださるあなたに、何かひとつでも面白いことや役に立つことをお届けできたら嬉しいです。
ちなみに、ベトナム語の場合、たいていの人が通訳も翻訳も両方しています。私もそうです。これといった養成講座もなく、主に現場のOJTで技術を学ぶベトナム語翻訳・通訳者にとって、現場からインプットを得られる通訳とそれを活かせる翻訳、出張や移動の多い通訳と、どんな場所でも作業でき隙間時間も利用できる翻訳は、兼業するのにとても相性の良い仕事同士だと思います。そのため、ここでは翻訳の仕事の話を主にしますが、通訳の話が混じることをお許し下さい。
「強み」を見つける
自分の良さが全くわからなかった駆け出し時代
私は大学院在学中から通訳や翻訳の仕事を受け始め、そのまま正社員としての就職をせずに、フリーランスの翻訳・通訳者になりました。当時ベトナム語の翻訳・通訳者はとても少なかったからか、留学時代からお仕事をいただき、気楽に対応しているうちに仕事になっていき、面白くてのめり込みました。
ですが、その状況も、ベトナム語翻訳・通訳者の先輩や同輩の皆さんと少しずつ一緒に仕事をするようになって変わります。日本で活躍するベトナム語翻訳・通訳者の先輩方は、当時から数は少なくても、とても優秀で上手な人たちばかりでした。
9割以上はベトナム語ネイティブ、残りが日本語ネイティブという構成で、ベトナム語ネイティブの人が圧倒的に多かったのです。多くが留学などをきっかけに来日、日本在住歴も長く、ベトナム語はもちろん日本語の語彙も豊富で、両言語への理解も深い。知的でユーモアもあって、状況の変化にも柔軟に対応できる人たちばかり。とにかくみなさん個性的で面白い。
駆け出しの私とは、翻訳・通訳のレベルが段違いなのは明らかでした。学ぶことはあっても、こちらから提供できるものなんて見当たりません。彼らと一緒に仕事できるのは、とても嬉しくて楽しかったのですが、自分のできなさ加減を痛感し、仕事の現場から逃げ出したい気持ちになることもしばしばでした。
自信のない自分を何とかしたいと思いつつ、克服しなければいけないことが多すぎて、逆に何をどうしたら良いかわかりません。そんな中、自分の「強み」が見つかったのも、同業の皆さんのお陰でした。
「事務作業ができるね。報告書の文章もしっかり書けるし、細かいところまで注意していて、ミスが少ないね。」
「読み違いや聞き違いをほとんどしないね。日本人だから日本語をちゃんと理解できるのは当たり前だけれど、ベトナム語もそうだね。」
自分の良さって、自分にとっては当たり前すぎて人に指摘されないと気づかないんですよね。まあ、どれも翻訳者としても当然すぎる資質だとは思いますが……それでも、自分にも少しは良いところがあったんだ、と嬉しくなりました。また、その「強み」を活かして、同業の皆さんの事務作業を代わりにしてみたり、翻訳原稿のチェック作業を頼まれて引き受けることも多く、少し自信にもなりました。
第二の壁:経験が足りない!
しかし、すぐさま次の壁にぶち当たります。
「あれ?私日本語がわかってない?」
いや、当然読めるし意味はわかるんです。ただ、当時翻訳していた文書や説明内容を読んでも、そこで描かれている世界を、必ずしもビビッドにイメージできていないことに気づいたのです。これでは「文章をしっかり理解」なんてできません。
特に企業の話になるとよくわからなくなります。例えば、私は当時研修資料の翻訳をよくしていましたが、日本の成功例を学びに来るわけですので、なぜ日本が経済的に成功したかを説明するものが多くなります。そのベースに必ずある日本の製造業の話、例えばトヨタの生産方式などの話がどんなに素晴らしいのか、当時の私にはよくイメージできませんでした。
それでも何とか訳してはいましたが表面的でしかなく、本質を理解している自信がありません。そうすると、果たしてしっかり訳せているのか、自分が選択した訳語は適切なのか、読み手はそのエッセンスを受け取れているのかわからず、不安な気持ちでいました。
【続きはこちらから】ベトナム語翻訳者の試行錯誤――後編
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