第1回 GMP査察とは?【企業視点からの医薬品GMP査察通訳】

GMP(Good Manufacturing Practice)とは、医薬品の品質・安全性を保障するために遵守しなければならない製造管理・品質管理の基準です。本連載では、長年医薬品の査察に関わってきた山岸俊彦さんが、GMP査察を成功させるために通訳者が知っておきたいポイントを全3回にわたりお話しします。

はじめに

医薬品のGMP査察に関わる通訳業務に関して、査察の流れ、通訳者が注意するべき点、企業が通訳者に期待することなど、3回に渡ってお届けします。私見ですが、これまで通訳者の方々と何度も仕事をしてきた経験に基づきお伝えできればと思います。

GMP査察とは

近年医薬品の開発や製造はグローバル化が進み、一ヵ国で製造された医薬品が他の国や地域で製造、販売されるのが一般的になっています。それぞれの国により規制内容は多少異なりますが、製造、品質管理においては、ICH(注)によるガイドライン等が世界共通の基準として示され、それを最低限の基準として各国の規制が作られています。

 

海外当局の査察官による日本の医薬品製造工場の査察は、その国の医薬品規制当局としての基準や規則に基づいて、製造が行われていることを確認することが目的です。査察官は、日本で製造された医薬品が自国で販売・供給されるのにふさわしい内容であることを確認する責任を担っており、各工場での製造が、GMP(Good Manufacturing Practice)に基づいて行われていることを、確認していきます。これがGMP査察です。

 

医薬品には規制対象上、患者さんが医者から出される処方箋を持って調剤薬局でもらう、最終的な医薬品製剤(Drug Product)と、その医薬品製剤に含有される薬効を持つ主成分、いわゆる医薬品原薬(Drug substanceまたはActive Pharmaceutical Ingredient :API)の区別があります。医薬品製剤の査察と原薬の査察では、その内容や厳しさが大きく異なっており、製剤の方が厳しいです。 ここでは日本で多くの会社が対応している原薬の査察について紹介をしていきますが、原薬についての基本的なガイドラインが、ICHから出されている「ICH-Q7 Guideline for API」です。

 

原薬を海外の製薬会社に販売し、それを用いて製造された製剤が、例えば米国FDA(Food and Drug Administration)に申請され、製剤の承認を取得する前に、その原薬の製造工場は「承認前査察」(Pre-approval Inspection:PAI)を受けることになります。「承認前査察」は、「定期査察」(Regular Inspection)とは区別され、その厳しさが数段高くなります。


したがって原薬についての査察で通訳を対応される場合は、上記のICH-Q7の内容について、 原文の英語と日本語訳を事前に読み、内容や用語の使い方を理解しておくことが適切な通訳を行うための重要な第一歩だと言えるでしょう。内容を理解しておけば、 FDAの査察官が何の話をしているか、何を知りたくて個々の質問をしているのかがわかるからです。

 

もちろんそれだけでは実際の査察の通訳を行うには十分ではありません。 査察を受ける会社から通訳を依頼される場合、その会社の協力が事前にも査察当日にも必要になります。

査察の流れと通訳者が注意するべき点について

ここでは私が約20年間に経験した、米国の医薬品管理当局であるFDAによる査察の流れと、通訳が注意すべき点を述べたいと思います。
 
15年ほど前までは、査察官として通常2名のチームで、3日間の査察を行うことが一般的でした。1名は製造担当、もう1名は分析等の品質管理(Quality Control)担当で構成されたチームでした。しかし最近10年間ほどは、1名の査察官によって4~5日間の日程で査察が行われるようになりました。これにより、以前より一般的な製造と品質管理の状況の概要を見ること、つまり会社の「品質管理システム」を調べるということに主眼が置かれるようになっているようです。

 

一例をあげると、日本向けの製品と米国向けの製品がある場合、以前は米国向けの製品についての製造・品質管理記録やその品目の製造エリアについての査察だけでしたが、最近は両方を見ます。以前は、国内向けの製造エリアや記録については「そちらは国内向けの製品を対象にしたものです」と言えば、それ以上の質問を受けたり見られたりすることはありませんでしたが、最近は査察の目的が、医薬品としての管理方針や品質管理システムがダブルスタンダード(国内向けと海外向けで異なる基準を持っている)になっていないことを確認することに変わってきています。

 

従って、万が一米国向けの医薬品ではない製品について、管理方針やルールが、米国向けのものと違っていてGMP管理として不適切とみなされると、指摘を受けると共に査察報告に記載されるようになるということです。これは査察を受ける会社が注意すべき点ですが、通訳者の方々もその点を理解して査察に臨まれることが必要と思います。

 

次回は、査察の主な流れについて述べていきます。

 

(注)ICH…International Council for Harmonization of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use(医薬品規制調和国際会議)の略称。世界各国の医薬品規制当局や製薬業界の代表者が集まり、薬事規制に関するガイドラインを作成する国際会議。2015年、スイス法に基づき国際的な非営利法人となった。薬事規制の国際調和を推進するため、医薬品の承認審査や市販後安全対策などに関するガイドラインを作成している。日本、米国、EU、スイス、カナダの規制当局と日本、米国、EUの製薬業界団体を中心に構成。2019年11月時点で16団体がメンバーとして参加。

 

山岸俊彦(やまぎしとしひこ)

大手食品会社の医薬品工場、研究所での業務を経て、本社にて医薬品開発に従事。
米国医薬品開発のコンサルティング会社主催の「FDA対応の医薬品開発上のRegulationのセミナー」に1か月間参加。その間、医薬品原薬のFDA定期査察、製薬会社の定期的なGMP Auditの対応も担当。

その後、新規の原薬開発を進め、米国の製薬会社への供給販売を目的に交渉を進めると共にFDAに提出するDMFの作成、FDAによる承認前査察(PAI)を担当。退職後、別の食品会社で医薬品原薬のFDA査察のために、GMP対応の業務指導を担当している。

【続きはこちらから】医薬品GMP査察の通訳――企業の視点―― 第2回

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