番外編 読書を友に——おすすめ15冊【「訳し下ろし」の同時通訳術】

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現役の会議通訳者・池内尚郎さんによる「『訳し下ろし』の同時通訳術」番外編は、読書案内です。池内さんが、通訳者の方々にお勧めの書籍をご紹介します。

読書は通訳者の友である。通訳者に知識と知恵を与えてくれる。それだけではない。読書は通訳者に勇気と不屈も授けてくれる。読書は、通訳者の「旅の道連れ」。旅人が道を見失いそうになったとき、同伴者は手を取って正しい道に連れ戻してくれる。もう歩けないと諦めそうになったとき、優しくうなずきながら、「それでもがんばれ」とそっと背中を押してくれる。

アフリカに、"If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together."ということわざがある。「早く行きたければ一人で行きなさい。遠くへ行きたければ一緒に行きない」。通訳者の道程は長く険しい。目の前の山を越えても、また次の山が立ち塞がる。そして、さらに峻険な山が待ち構える。だから、読書という伴侶とともに歩んでいこう。

そんな思いから、限定15冊(和訳書含め17冊)を選び出してみた。本当はもっと紹介したいが紙幅の都合上グッと絞った。そのため、その大半が載で引用した書籍だが、エッセイや小説も少しだけ含めてみた。ここで紹介する本は、すべて同時通訳を学ぶ者にとって必読の書である。読めば効果覿面(てきめん)。じっくりと、全冊読んでもらいたい。

「訳し下ろし」の技法を学ぶ

やはり、いの一番に挙げるのは連載で何回も紹介した『英文翻訳術』(安西徹雄著、ちくま学芸文庫)。表題にあるように、翻訳指南書であるが、「訳し下ろし」に通用する技法満載だ。これ一冊読むだけでワザを相当身に付けることができる。姉妹本に『英語の発想』(同上)。こちらは技法の裏付けになる理論を解説している。

次も連載でよく登場した『わたしの外国語学習法』(ロンブ・カトー著、米原万里訳、ちくま学芸文庫)。欧州の伝説の同時通訳者である著者は、複数言語を話すポリグロット(polyglot)。外国語学習の秘訣を語る内容だが、同時通訳に対する観察眼が鋭い。若き日の米原万里の翻訳力にも脱帽。


英語通訳の勘どころ 体験的通訳論』(小林薫著、丸善ライブラリー)———短い本だが、通訳の技法から通訳者の心構えまで簡潔に網羅している。本書の最後に、「[小林式]通訳50則」という通訳者に向けた金言が並べられている。実は、これにヒントを得て、今回の連載で「二十戒」をまとめてみた。


Interpreting for International Conferences”(Danica Seleskovitch, Pen and Booth)は知的刺激に満ちた本。連載5回目の「聴くのではなく『聞け』、訳者よりも『役者』になれ」は、同時通訳プロセスの著者ならではの直観的分析を応用したものだ。残念ながら英語原本は中古本のみの取り扱い。和訳書は、『会議通訳者 国際会議における通訳』(ダニッツァ・セレスコヴィッチ著、ベルジュロ伊藤宏美訳、研究社)。これと同カテゴリーの本が、"Conference Interpreting Explained"(Roderick Jones, St. Jerome Publishing)。こちらは前掲書に比べると、かなり実践的。同時通訳の段階的練習法も紹介されている。和訳書は、『会議通訳』(ローデリック・ジョーンズ著、松柏社)。

同時通訳の訓練法を具体的に紹介した本は案外少ない。その中でも、CD付きで同通訓練ができるようようになっているのが、『通訳の技術』(小松達也著、研究社)。書籍として発売されていないが、「訳し下ろし」に大いに参考になるのが、『同時通訳はなぜ可能なのか〜同時通訳の認知・言語学的メカニズム』(染谷泰正著)。この題名でインターネット検索すれば、ダウンロードできる。

もう一つ「訳し下ろし」に参考になるのが、『初めてのウィスパリング同時通訳』(柴田バネッサ著、南雲堂)。同書は、語順の違う日英両語間で、どのように分割して訳し捨てられるか事例を挙げて紹介している。訳し捨てのフレーズを覚えられるが、やりすぎると過度のチャンキングに陥るおそれがある。注意して読んでほしい。

 

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エッセイと小説

米原万里は外せない。『不実な美女か 貞淑な醜女か』(米原万里著、新潮文庫)はユーモア溢れるエッセイだが、鋭い視点からの通訳論も展開される傑作だ。同じ著者で、通訳を題材にした対談を集めた『言葉を育てる』(ちくま文庫)。


優れた翻訳者から学ぶことも多い。そうした一冊が、『わたしの翻訳談義 日本語と英語のはざまで』(鈴木主税著、朝日文庫)。多くの金言に膝を打つ。翻訳界の二大巨塔が翻訳の技法を語り合い、実際に翻訳をして見せるという実践性が楽しいのが、『翻訳夜話』(村上春樹、柴田元幸著、文藝春秋)。同書では、著者同士が「競訳」を紹介している。それを仔細に調べると、今回の連載で繰り返し学んできた「訳し下ろし」が多用されていることに気づく。


通訳者の旅路は長い。だから、気力が萎えるときもある。そんなとき、エネルギーを注入してくれるのが小説だ。たとえば、歴史小説の大家、吉村昭の作品。江戸時代の通詞(つうじ)の話である『海の祭礼』(文春文庫)は、漂流米人、ラナルド・マクドナルドから英語を必死で学ぶ長崎通詞らの物語。もう一冊は、『黒船』(中公文庫)。こちらは黒船来航時に主席通詞を務めながら冤罪に問われて入獄する人物の生涯を描いている。歴史の激流に巻き込まれながらも、文化と文化のはざまを必死に生きた先達から尽きぬパワーをもらえるはずだ。

 

 

池内尚郎(いけうちひさお)

サイマル・インターナショナル専属通訳者。上智大学外国語学部ロシア語学科で学ぶ。国際交流や国際政策に関わる仕事の後、サイマル・アカデミーで学び通訳者に。政治・経済・文化・科学技術など幅広い分野で活躍。同校通訳者養成コース会議通訳クラスで後進の指導にあたる。

 

 

 

 

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