需要の拡大するディスクロージャー翻訳のポイント

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2020年4月1日、株式会社サイマル・インターナショナルはディスクロージャー・IR分野コンサル・制作大手である宝印刷株式会社を擁するTAKARA & COMPANYのグループ会社となりました。それにともない、サイマルでもディスクロージャーに関わる翻訳が増加しています。ディスクロージャー翻訳とは? 翻訳作業のポイントは? 宝印刷株式会社で翻訳チェックおよび人材育成を担当する小林大和さんにお話を伺いました。

ディスクロージャーとは

――はじめに、ディスクロージャーとは何でしょうか?

小林:言葉になじみのない方もいるかもしれませんが、ディスクロージャーは「情報開示」と一般に訳され、企業が投資家や株主、取引先などに自社の事業内容などを広く公開することを指します。ディスクロージャー関連の資料には、株主総会招集通知、有価証券報告書、決算短信などがあります。弊社(宝印刷)では、このディスクロージャーやIRに関するコンサルティング・制作を行っています。そして、これらコンサルや制作と共に重要な役割を担っているのが各種資料の日英翻訳です。今回はディスクロージャー翻訳のポイントについてお話ししたいと思います。

ディスクロージャー翻訳の重要項目

――ディスクロージャー翻訳における重要項目とは何ですか?


小林:一般的な文書の翻訳では、自然な文章や訳出の正確性などが翻訳者にとって特に重要になると思いますが、ディスクロージャー翻訳における最重要項目を3つご紹介します。

 

  • 数字
  • 参照資料の正確な踏襲
  • 勘定科目・固有名詞

 

――優先順位は数字が一番でしょうか。

小林:はい。ディスクロージャー翻訳では、その資料のほとんどが株主・投資家向けであり、企業の業績に関わる数字も多数含まれます。数字が間違ったまま開示されると株価にも影響を与える可能性があり、最も正確性が要求されます。訳文に数字を入力する際のタイプミスが数字ミスの一大原因です。これを防ぐため、コピーが可能な数字はすべて原文からコピー&ペーストするのが原則です。間違いやすい数字の例をいくつか挙げてみます。

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特に起きやすいミスを例に挙げましたので、同じような間違いをしてしまったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

――次に「参照資料の正確な踏襲」を挙げられていますが、どのような点に注意が必要ですか。


小林:ディスクロージャー翻訳では、文書内での訳語統一に加え、過去の資料でも記載の有無を確認し、文書間でも訳語を統一することが重要です。したがって、決められた方針に沿って過去の資料を参照して訳すことが必然的に非常に多くなります。一般の翻訳における参考資料とは区別して考える必要があります。また、踏襲が厳格に要求される一方で、踏襲すべき箇所の過去訳に誤りが見つかった場合は、誤りを指摘し改善案を提案することも必要です。

参照資料には記載がないというケースもあります。その場合はクライアント企業のウェブサイト等で適した訳語を調査し、正確に当てはめる必要があります。過去に訳出されていない英訳を提案する場合には、その根拠となる参照先情報などを申し送り事項の形で報告することも重要です。リサーチ力は基本の訳出力と同じくらい重要なスキルです。

ただし、踏襲時にミスが起きるケースもあり、注意も必要です。
例えば、過去の資料において以下のように訳出されていたとします。
 

<原文>  同氏は、社外監査役候補者であります。
<訳文>  He is a candidate for Outside Audit & Supervisory Board Member.


しかし、当年度は候補者が女性というケースもあります。過去の訳文だからとそのまま踏襲したのでは、性別が合わなくなります。このように過去踏襲はきわめて重要ではあっても、年度や性別など変更の可能性がある情報についてはよく確認し、正確に翻訳することが必要です。

 

――重要項目の3つ目は「勘定科目」「固有名詞」ですね。

小林過去資料の参照がここでも重要なポイントになります。たとえば、第2四半期(2Q)決算短信の翻訳を行っていて「繰延税金資産」という勘定科目が原文中に出てきた場合に、まず直近の1Q短信でこれが訳されているかどうかを確認し、訳されていればそれを踏襲する。訳されていない場合には四半期ごとに遡って確認するという方針をとることが一般的です。


企業固有の用語(部署名、施設名、役職名、商品名など)やフレーズも同様に、過去の資料を確認するとすでに訳出されているものも多くあります。翻訳中の文書内にこれらが登場する場合は、過去の資料との整合が必要となります。

産業翻訳キャリアに活かせるメリット

――それでは、ディスクロージャー翻訳を経験するメリットは何だと思いますか。

小林:ディスクロージャー翻訳では、数字の正確性への意識が高くなることが期待できます。産業翻訳の原稿では数字がよく出てきますので、数字への意識を高く持つことは、ディスクロージャー以外の翻訳でも必ず役立つと思います。また、ディスクロージャーやIRの資料には、財務・経営など企業の基本情報が盛り込まれていますので、産業翻訳でキャリアを積んでいきたい方には、知識を広げていくためにもよい経験になると思います。

――お仕事の幅も広がっていくようですね。ディスクロージャー翻訳の今後の需要についてはどのようにお考えでしょうか。

小林:上場会社には、会社法などにより、業績などに関する開示が義務づけられています。投資家は、企業が開示した事業・財務内容を確認することにより、安心して投資できます。このため、ディスクロージャーは双方にとって必要な存在となっています。今後もディスクロージャーの重要性は高まることが予想され、英文開示の義務化へ向けた動きなどの後押しもあって、開示文書英訳の大幅な需要拡大が期待されています。お仕事を安定的に確保していく意味でも、ディスクロージャー翻訳に対応できることは大きなメリットになることでしょう。

 

毎年4月から5月にディスクロージャー翻訳はピークを迎えます。サイマル・インターナショナルでは、ディスクロージャー分野の翻訳者(日英翻訳)を募集していますので、ご興味のある方はぜひ応募してみてください。

 

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小林大和(こばやしやまと)

明治学院大学卒。ホテルマン、ダイビングインストラクター、居酒屋店主、予備校講師を経て翻訳の世界へ。IR・ディスクロージャー分野のフリーランス翻訳者として活動した後、現在は宝印刷株式会社グローバルリレーションズ部内にて翻訳チェックおよび人材育成業務に従事。水中での指導経験を活かし、「脳」ではなく「心」に伝導するコミュニケーション力を駆使し日々後進の育成にあたる。

『通訳・翻訳ブック』編集部

通訳・翻訳をキーワードに、仕事に役立つ情報からウェルビーイングに関するトピックまで、幅広い記事をお届け中。
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