第6回 原文を換骨奪胎せよ(前編)【「訳し下ろし」の同時通訳術】

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本連載では、現役の会議通訳者・池内尚郎さんが同時通訳の実践的技法を紹介していきます。ご自身が、日々の実践を通じて気付いたことを、通訳者の方や通訳者を目指す方々に向けて「実践則」としてまとめたコラムです。第6回は「原文を換骨奪胎せよ」の前編をお届けします。

普段何気なくできることも、焦るとしくじってしまう。誰しもある経験だ。同時通訳をしているときに、"He is a good swimmer."と言われて、「彼はいいスイマーだ」と口走ってしまうことはないだろうか。普段なら「彼は泳ぎがうまい」と自然な日本語に置き換えられるのに、切羽詰まると原文に引きずられてしまう。同時通訳は時間との飽くなき競争である。瞬発力に頼りすぎると、原文の網に絡め取られてしまい、訳文が生半になる。原文の文体に引きずられずに、文章を解体し組み立て直し、自然な表現で訳出する方法はないものか。それが今回のテーマだ。


原文を換骨奪胎(かんこつだったい)せよ——「換骨奪胎」は熟語としては物々しい「骨を換(か)えて胎(たい)を奪う」と読み、骨を取り替えて胎盤を奪って生まれ変わらせることを意味する。そこから転じて、古人の詩文の意味を変えないで字句を換え、詩文の主意をとって作りかえること、つまり原文を改変して別の作品に仕上げることを指す。なので、英語の訳語としてよく当てられるのがadaptation、つまり「翻案」である。翻案とは既存の作品を原作として、それを土台に別の作品をつくることなので、「翻案せよ」とは通訳者には物騒な言葉だ。ただ、ここであえてその言葉を用いたのは、原文という拘束着を被せられて身動きがとれない通訳者の心理を解き放つには、それくらいの大胆さと心意気がある方がいいと思うからだ。


原文を換骨奪胎することで、通訳者は表現が自然になり、訳出のテンポも上がる。表現も簡潔になる。その結果、聞き手の理解度が増す。聞き手のみならず通訳者のストレスも減る。一挙両得の妙技である。こう書くと、なにやら秘技のように聞こえるが、実はいまから言うことは、全部ではないにせよ、通訳者が日頃意識せずにやっていることで、ある意味それを分類して解説したものにすぎない。つまり、難度の高い技ではなく、意識すれば素直に実行できるものばかりだということだ。安心して読み進めてほしい。

品詞は自由に選べ

第3回で、"A careful study can tell you that this approach is not workable."という文章を紹介した。その際、これは「注意深い研究は、この方法は機能しないということを教えてくれる」という直訳ではなく、「注意深く調べれば、この方法ではうまくいかないことがわかります」と訳すべきだと書いた。"A careful study"は名詞で主語だが、だから日本語でも同じ扱いにしなければならないわけではい。むしろ「注意深く調べれば」と副詞節に置き換えた方が自然で分かりやすくなる。通訳する場合、まず解き放つべき心理的呪縛の一つが、この「品詞」対「品詞」、「文の要素」対「文の要素」という対称性へのこだわりである。上記の例は、いわゆる「無生物主語」の場合だが、名詞が補語の場合も同じ処理が可能だ。

"I am very much a consumer of the analyses that my American colleagues have given about the Korea situation." (注1) 

この文章の"consumer"を「消費者」と訳すと、あまりにも奇異に聞こえる。これを動詞にして「利用している」と言い換えると、自然な表現になる。

 

私は、アメリカ人の同僚が行った朝鮮半島情勢に関する分析報告をよく利用しています

逆転の発想で行け

"before"や"after"など時間的な区分を表す接続詞の場合、"before"は「〜の前」、"after"は「〜の後」とすり込まれているので、通訳中にこの単語が出てくると、無条件反射的にそのまま訳してしまいがちだ。たとえば、こんな一文はどうだろう。

"Japan was completely devasted before it started its reconstruction efforts."

「日本が復興の取り組みを始める前に、日本は完全に破壊されていました」


そもそも、この訳文は「訳し下ろしの同通術」の主旨に反している。そこで、「〜の前」ではなく「〜の後」を使って言い換えてみる。そうすると、「日本は完全に破壊されたあと、復興の取り組みを始めました」となる。こちらの方が日本語として流れが自然だ。それに、訳し下ろしも完成する。


実は、このような逆転の発想は、時間の前後関係を表す接続詞だけでなく、たとえば受動態と能動態、否定文と肯定文との関係でも成り立つ。こちらは受動態の例文。

"The bill was thrown out after a brief discussion in the Diet." (注2)
この文章の場合、"was thrown out"は「(廃案)にされた」でもいいが、日本語らしさを考えれば「(廃案)になった」の方が望ましい。ただ同通の場合、時間との競争を考えれば、この程度の差では受身形のままでも許されるだろう。大切なのは、「受動態は受動態に」という固定観念からつねに自由でいることだ。

 

 

注1 "US-Japan Relations in an Era of Security Uncertainty"(Mike Mochizuki)から

注2 『英文翻訳術』(安西徹雄著・ちくま学芸文庫)から

 

池内尚郎(いけうちひさお)

サイマル・インターナショナル専属通訳者。上智大学外国語学部ロシア語学科で学ぶ。国際交流や国際政策に関わる仕事の後、サイマル・アカデミーで学び通訳者に。政治・経済・文化・科学技術など幅広い分野で活躍。同校通訳者養成コース会議通訳クラスで後進の指導にあたる。

 

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