第3回 同通あるある訳【「訳し下ろし」の同時通訳術】

本連載では、現役の会議通訳者・池内尚郎さんが同時通訳の実践的技法を紹介していきます。ご自身が、日々の実践を通じて気付いたことを、通訳者の方や通訳者をめざす方々に向けて「実践則」としてまとめたコラムです。第3回は「同通あるある訳」です。


人は五感を駆使して情報を獲得する。同時通訳を聞くときもそうだ。その場合、聞き手にとっては耳から入ってくる情報が基本となるが、たとえば、会場スクリーンに映ったスライドやスピーカーの表情も情報源になる。だから、通訳が少々分かりにくくても聞き手は大体理解できる。結果、さほど問題は生じないので、その程度でも許されてしまう。つまり、同時通訳には状況依存的な効果があるということだ。

 

逆に言えば、具体的な状況から切り離されてしまうと、同じ通訳が非常に分かりにくい、場合によっては、ちんぷんかんぷんという情けない状況が起こりうる。このような通訳を、「同通あるある訳」と呼んでみたい。同時通訳を聞いていて「ああ、こんな通訳あるよな」と妙に納得してしまうような訳出スタイルという意味だ。

「散らかし型」と「フライング型」

「同通あるある訳」にはいくつかパターンがある。

 

第一は「散らかし型」。たとえば、文章が完結しない、文章が終わらないのに新しい文章を始める、文章が延々とつながっていく、主語と述語が一致しないなどがある。通訳者が、次々と入ってくるスピーカーの言葉に圧倒されて、アウトプットの整理能力の限界を超えてしまうことで起きる現象である。同時通訳経験者なら、全員自覚症状があるはずだ。

 

第二は「フライング型」。インプット情報を忘れることを恐れる余り、単語にすぐ飛びついてしまい、結果として言い直し、語句の繰り返しが多発する事態である。それだけでなく、早く飛びつきすぎてスピーカーの話の筋を見失ってしまうことも多い。これも通訳者なら、みな経験済みだろう。

 

第三は「詰め物満載型」。英日では「え〜」「あの〜」「〜というもの」「〜ですね」、日英では "you know" "ah…" "uh…" "so" "and" などの不要な言葉が頻発するスタイル。これは、適当な訳語がすぐに出てこないので自然に口から漏れてしまうことが一番多い。

 

第四は「要約/創作型」。話者のスピードに振り落とされてしまい、とりあえずこんな話だろうとまとめて紹介するパターン、もしくは分からなかった部分を想像して訳出してしまうパターンである。実はこのパターンでも、会場で通訳を聞いている聴衆は、他にも情報源があるので通訳の内容の不足分や誤訳分はある程度、自己修正して理解してくれるので、あまり大きな問題にならない。しかし、その状況から切り離されてしまうと、聞き手には当然のことながら意味不明、または誤情報となる。

 

こうしたパターンが発生するのは、通訳者が耳に入ってくる情報をすぐに理解できない、もしくは理解できても訳語がすぐに出てこないことが原因だが、その背景には通訳者が話者のスピードに追いつけないという事情がある。

 

スピーカーの話す速度が通訳者の咀嚼可能な範囲であれば、通訳者は意味を理解しながら訳をつないでいくことができるが、そうでない場合、通訳者は情報の取りこぼしを避けようと、必死で単語に食らいついていこうとする。その気概や良しであるが、結果は悲惨なことが多い。ひとつ例を紹介する。

 "President Clinton said that it was despicable that a terrorist bombed the federal building in Oklahoma City on April 19, 1995."

以下が「フライング型」の通訳である。

「クリントン大統領は言いました。卑劣なことです。テロリストが連邦ビルを爆破しました。オクラホマシティで4月19日、1995年のことです。」

文章をぶつ切りにして細かく訳していくことをチャンキング(chunking)というが、まさかここまでのチャンキングはないだろうと思われるかもしれない。だが、もしこの文章をアナウンサーが超高速で読み上げたら、あり得ない話ではない。「私もこんなチャンキングしました」と懺悔する通訳者は少なくないだろう。私もその一人だ。

分かりやすい同時通訳とは

さて、ここまで「同通あるある訳」の欠点をあげつらってきたが、それは同業者に反省を促すことが目的ではない。「同通あるある訳」の欠陥分析を通して、分かりやすい同時通訳のヒントを見つけ出すためだ。

 

たとえば「フライング型」が失敗するのは、word for wordで訳出しをしようとするからである。単語にこだわると、名詞は名詞に、主語は主語に、肯定文は肯定文に、直接話法は直接話法にというようにがんじがらめになって、どこかの段階で訳をつないでいくことができなくなり破綻してしまう。そういったしがらみから、まず自らを解放しなければならない。

 "A careful study can tell you that this approach is not workable." 注1

この文章をword for wordで訳そうとすると、「注意深い研究は、この方法は機能しないということを教えてくれる」となる。いかにも直訳調だ。しかし、名詞は名詞に、主語は主語にというルールに縛られなければ、こんな訳が可能になる。

「注意深く調べれば、この方法ではうまくいかないことがわかります。」

また、word for wordで飛びついて訳していくと、近視眼的に目の前の情報だけに集中してしまい、結果的に全体の流れや意味を見失ってしまう。そのような失敗を犯さないためには、訳出の出だしは意味の最小単位(minimum unit of meaning)まで待たなければならない。意味の最小単位とは、実践的に言えば、通訳者が話をつないでいくことのできる単位をいう。このあたりの説明は、これからの連載の中で詳しくしていくつもりだ。

 

次に「散らかし型」が聞きづらいのは、通訳者が自分の言ったことを覚えていないからだ。情報を追うことに必死になり、情報を次々と継ぎ足していく。結果、たとえば主語が何であったか、そんな情報がもはや記憶の彼方に消え去ってしまう。

 

同時通訳者は、自分が発した言葉をつねに記憶の片隅に置いて通訳しなければならない。そのためには自分自身が意味ある言葉を発し続けなければならない。意味ある言葉を出し続けるということは、スピーカーの意味を理解し続けることでもある。つまり、ここでも言葉を取るのではなく、意味を取ることが不可欠ということなのだ。

編集する力

「同通あるある訳」を反面教師として見立てることで導き出せる一つの結論は、話者の情報を編集する能力が必要ということである。編集といっても、スピーカーの言葉を好き勝手に作りかえるということではない。話者の発言の原意と雰囲気を壊さない範囲で、聞き手が理解しやすいように、たとえば、

 

表現を「変える」

用語を「加える」「削る」

用語の順序を「入れ替える」

 

などをすることだ。もっと言えば、編集能力とは、無駄な言葉を使わずに簡潔に表現する力のことである。

 

これができれば、「散らかし型」や「フライング型」のように、脂肪分は多いが肝心の筋肉が少ないという「肥満型」同時通訳ではなく、簡潔な言葉で的確に訳出する、シェイプアップされた締まりのある「筋肉質型」同時通訳が可能となる。そして、そんなキュッと締まった体型の訳出を可能にしてくれる方法が、「訳し下ろしの同通術」なのである。

(注1)参考:『はじめてのウィスパリング同時通訳』(柴田バネッサ著、南雲堂)

池内尚郎(いけうちひさお)

サイマル・インターナショナル専属通訳者。上智大学外国語学部ロシア語学科で学ぶ。国際交流や国際政策に関わる仕事の後、サイマル・アカデミーで学び通訳者に。政治・経済・文化・科学技術など幅広い分野で活躍。同校通訳者養成コース会議通訳クラスで後進の指導にあたる。

【続きはこちらから】訳し下ろしの同時通訳術 第4回

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