ことばの伝え人――Passeur de mots【フランス語ホンヤクの世界】

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英語以外の言語の翻訳事情や、仕事のエピソード、スキルアップ情報などを、翻訳者がリレー形式で紹介します。今回は、「フランス語ホンヤクの世界」です。大きく性質のことなるフランス語と日本語。それぞれの特徴と、翻訳するときのポイントとは――?

新しい言語との出会い

私の日本(語)との出会いは大学時代に遡ります。フランス文学部を卒業する間際に、日本の小説を友人から勧められたのがきっかけです。それまでに読んだ文学とは違う面白みを味わい、日本の文化についてもっと知りたくなりました。フランス語を母国語として育った私には、文法も文字も全く異なる日本語に大きな魅力を感じました。
最初は独学で勉強した日本語ですが、大学に戻り基礎から勉強し直し、その後、日本に留学する機会にも恵まれました。留学から数年後に翻訳の仕事を始めたのは、日本とフランスという、二つの文化の橋渡しとして活躍したいと思ったからです。

気候風土・文化・習慣が近い隣国間の翻訳と異なり、日本語とフランス語の場合は、起点言語と目標言語との文法上・構成上の特徴が大きく異なります。そのため、翻訳作業は難しいですが、難しいからこそ面白いとも言えます。
十数年間翻訳の仕事を続けていますが、これまでの経験を踏まえて、作業の途中で気づいた言語間の相違点をいくつかご紹介し、「良い訳文とは何か」について考えたいと思います。少しでもご参考になれば幸いです。

 

各言語の特性を把握した上で、自然な訳文を目指す

フランス語と異なり、日本語は主語が省略されることが多く、名詞の単数/複数もはっきりしないのが特徴です。一方、フランス語は主語が必ず指定され、性も数も明確に示されます。私が手掛ける政府開発援助(ODA)の報告書では、主語が省略されることが多く、「主語は何か?」を意識して翻訳を進める必要があります。
また、日本語の文章が長くなった時、「(実は)文の前半と後半で主語が変わっていた」という文章に遭遇することもあります。このような状況にも適切に対応するため、「文字(だけ)を追う」翻訳ではなく、「ODAに参画している担当者の視点」に立って翻訳することが重要です。日本語原稿で不明瞭な部分は常識などで補い、明確にする必要があります。翻訳原稿だけでは断定できない場合は、コメントを付して発注元に確認しています。

文の並びや繋ぎにおいても、言語間には相違点が見られます。日本語では「—て形」の動詞・形容詞を並べて文と文を繋げるだけで、継起・付帯・手段・原因など様々な機能を表すことができますが、この便利な「—て形」をフランス語( /英語)に翻訳する時は、単にet/andで済ませることが難しいケースも多いです。« Après/after »(継起)、 « avec/with »(手段)、 « pour/in order to »(目的)など、「—て形」のニュアンスに合わせた訳の使い分けが求められます。もっとも「—て形」の各機能に関して、必ずしも「正しい」訳文がある訳ではないので、自然で読みやすい訳文を求めて常に工夫することが必要です。

例えば、下記のように同じ並列機能を持つ「—て形」でも、フランス語の形容詞の使い方などにより訳文の構成が異なります。

例1: 東京は賑やかで面白い。
Tokyo est une ville animée et attrayante.

例2: この犬は小さくて可愛い。
Ce petit chien est adorable.
(日本語を直訳した « Ce chien est petit et adorable. » に対しては、フランス人として強い違和感を覚えます。)

この他にも、日本語では同じ単語を繰り返し使うことにあまり抵抗がないようですが、フランス語ではこのような繰り返しは嫌われるため、類義語などを生かし「言い換える」ことが望ましいです。(もちろん、詩的な効果などを目的とした繰り返しの場合を除きます。)

例えば、日本の報告書では、「確認する」という動詞が一つの文章で何度も使われることがあります。「ZはAを確認し、Bを確認し、更にCを確認した。」というようなケースです。このような場合、フランス語では一つの動詞を繰り返し使用することはしません。フランス語の訳文では « vérifier » の他、« contrôler » や « confirmer » など類義語を使い「動詞の繰り返し」を避けます。その方が、読み易くかつ見栄えの良い文章になります。そのため、日頃から様々な分野の文章を読み、語彙力を鍛えるのも大切です。

 

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<仏南西部バスク地方の風景>

読み手の知識を意識した分かりやすい訳文を仕上げる

正確で原稿に忠実な翻訳でも、読み手に意味が伝わらなければ目的達成とは言えません。文化が違うことから、必要に応じて説明を付け加えたり、情報を削除したりすることも大事です。例えば、原稿に「フランスの首都パリを流れるセーヌ川」という表現があり、仏訳後の文章をフランス人が読むと仮定しましょう。フランス人なら誰でもフランスの首都を知っていることから、文字どおりに訳すのではなく、敢えて « la Seine à Paris » にまで省略する方がすっきりします。

逆に、海外ではあまり知られていない日本文化を紹介する文章では、日本語原稿の情報を補い、説明を付け加えることが必要かも知れません。他の国と同様に、フランスでも和食に対する関心が高まっています。「昆布で出汁を取る」と日本語では簡単に表現できますが、フランス語に訳すとなると、昆布や出汁という言葉の意味を説明した方が良さそうです。

翻訳という仕事は、書き手の考えを正確に分かりやすく読み手に伝えることです。原稿に書いてある情報をきちんと読み込み・理解し、正しく伝えることが大切でしょう。しかし、読み手の文化や知識を意識しながら、目標言語の特性に沿った自然で分かりやすい言葉を使ってその情報を伝えなければ、目的が達成できたとは言えません。要するに、「相手の身になって考える」ことができた時に初めて、質の良い訳文を仕上げられると思います。そのためには、言語スキルだけでなく、多様な文化や考え方に触れ、それらを深く理解することが必要かも知れません。

フランス語では、 « Passeur de mots »(ことばの伝え人)という、素敵な表現があります。翻訳者として「Passeur de mots」でありたいと願っています。



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前田レジーヌ(まえだれじーぬ)

ソルボンヌ・パリ第四大学フランス文学部卒業。国立東洋言語文明学院(INALCO)で日本語・日本文化を学ぶ。国費留学生や国際交流員を経て、日仏・英仏翻訳者に。政治・教育・芸術など幅広い分野で活躍。市民活動として、映像翻訳も手がける。