通訳者の素質【小松達也アーカイブス 第1章】

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連載「アーカイブ・シリーズ」では、日本の同時通訳者の草分けでサイマル・インターナショナル創設者のおひとりでもある小松達也さんのエッセイを特集します。50年間にわたる現役通訳者時代のエピソード、プロ養成者の視点から見た通訳者についてなど、第一線を走り続けた小松さんならではの思いやことばをお届けします。

ロールモデル

先日、長井鞠子さんがNHKテレビの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に取り上げられ話題になりました。私も見ましたが、さすがNHK、とても優れた番組だと思いました。通訳の道一筋にひたすら精進してきた彼女の生き方、そしてなによりも通訳者のトップの一人でありながらどんな仕事に対しても手を抜かず、事前の準備に全力を尽くす姿はたしかに「プロ」と呼ぶのにふさわしいものでした。当時サイマル・アカデミーの私のクラスの受講生にもこの番組を見るように勧めていましたが、その多くの人たちは長井さんがあれだけ準備、勉強することが特に印象深かったようです。

NHKの番組ですからきっと数多くの人が見たと思います。しかも内容が通訳者の視点から見ても適切なものだったので、通訳という仕事に対する関心を高めるのに大いに役に立ったのではないかと思います。通訳に対する若い人たちの関心は1970、80年代にはとても高く、特に女子大生の間ではいつもトップ3位の中に入っていました。ところがその後、女性の仕事の選択の幅が広がるにつれて(そのこと自体はいいことですが)通訳という仕事もその中に埋もれてしまったようで、若い人たちの間の関心の順位もだいぶ下がってしまいました。ここ数年、アカデミー通訳者養成コースを受ける人たちの年齢はかなり上がっています。より多くの若い人が通訳者への道を選んでくれることは非常に重要なことだと思っています。そういう時に必要なのは「私もこんな人のようになりたい」というロールモデルの存在です。この点で、長井さんがNHKにも取り上げられ注目を浴びたのは通訳という職業から見てもとても良かったと思います。 

会議通訳者としての資質

会議通訳とビジネス通訳を分ける能力というか資質はなんでしょうか。それは知識と分析力などの知力だと思います。長井さんは出版された『伝える極意』(集英社新書)のなかで、通訳の作業は次の5つのステップに分かれると言っています。

(1)聞く
(2)理解する
(3)分析する
(4)翻訳する
(5)話す

このうち(2)の「理解する」には知識が欠かせません。(4) の「翻訳する」にもかなり知的な要素が含まれます。したがって通訳の5つのステップのうちほぼ半分は「知的な能力」なのです。とくに政治、経済、国際関係など世界で起こるいろんな事柄に対して積極的な関心を持ち自分で考える癖をつけることが大切です。会議通訳ではいつもこういったことが通訳の対象になるからです。

第二言語(たとえば英語)の力はもちろん重要です。ある程度以上の第二言語力が「通訳者への道」の前提となります。しかし言葉の力というのはそう簡単に身につくものではありません。少なくても1年、いや数年という単位が必要でしょう。しかも英語力は自分自身の工夫と努力によって身につけるものです。それに加えて通訳者に必要なことは、話し手の真意を聞く人に正しく分かりやすく伝えようという強い意欲であり、いい仕事をするためにできるだけの事前準備をするという態度です。いやはや、なかなか大変なようですが、そのような努力をすればその結果としてのキャリアは楽しく、素晴らしいものだということを長井さんのテレビプログラムは知らせてくれたと思います。


※この記事は2014年3月にサイマル・インターナショナルのWeb社内報に掲載されたものです。

小松達也さん
小松達也(こまつたつや)

東京外国語大学卒。1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、以後、社長、顧問を務める。日本の同時通訳者の草分けとして、首脳会議(サミット)、APECなど数多くの国際会議で活躍。サイマル・アカデミーを設立し、後進の育成にも注力した。サイマル関係者の間ではTKの愛称で親しまれている。

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