機械翻訳(MT)時代の品質管理とは?

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機械翻訳(MT)の普及により、人手翻訳の「品質」への期待値が高まりつつある昨今。それを保つための「品質管理」とは、具体的にどのようなことで、翻訳者には何が求められるのでしょうか。前回の「ISO 17100」に引き続き、サイマルの翻訳コーディネーターがお話します。

翻訳の「品質」とは何でしょうか。

ひとつには原文と訳文が正確に同じ意味やニュアンスを伝えられていることでしょうし、文章としての読みやすさでもあるでしょう。

翻訳の品質を決めるのはこれらだけではありません。専門用語や固有名詞などの調査を緻密に行うことも一つですし、用途や読者に合った文体や言葉づかいも重要です。また何より、お客様が求めている仕様(用語やスタイルなど)に適切に従っていることが不可欠です。

品質の安定確保は翻訳会社の生命線です。そのためには、的確な品質管理が欠かせません。

翻訳会社にとっての品質管理とは

翻訳の品質管理というと、翻訳者がドラフト訳をつくり、チェッカーがその誤りを訂正することだけを指すと思われがちですが、これは狭義の品質管理(QC=quality control)です。クライアントからお問い合わせを頂いてから成果物(翻訳)を納品するまでの全プロセスのほか、人材管理ルール作りなど幅広い活動が翻訳の品質に直接・間接に影響し、これらが連動して広い意味での品質管理(QM=quality management)になります。

コーディネーター(プロジェクトマネージャー)はクライアントの要望を把握し、それに合った翻訳者・チェッカーの人選や案件の進行管理を行うとともに、クライアントから得た情報を翻訳者・チェッカーに伝えたり、作業者からの疑問点などについてクライアントに照会したりと、プロジェクトの司令塔としての役割を果たします。コーディネーターの指示の出し方一つが訳文の出来を左右することもあります。

品質管理は翻訳者を採用する時点から始まっていると言えます。サイマルは伝統的に品質を売りにしてきた会社であり、翻訳者の厳正な審査もその根拠の一つとしています。良好なパートナー関係が築けるか自社の品質を担っていただける人材かどうかを見極めます。

翻訳トライアルの成績が何より重要ですが、ビジネス上の付き合いができる常識を備えているか、メールや面談での応対マナーは適切かなども、重要な審査ポイントになります。応募書類の文章やレイアウトが乱れている方は、翻訳スキル以前にことばへの心遣いが欠けているとされ、書類選考の時点でお断りする場合もあります。

翻訳者としてご登録いただいた後も、フィードバックやワークショップなど、さらに技術を磨いていただく機会を提供しています。 

サイマルの品質管理

それでは、翻訳者の皆さんがサイマルに納品した訳文がクライアントに納品されるまでの様子をご紹介します。

サイマルの多くの案件では、翻訳とチェックをセットで考えるのが基本です。一次(ドラフト)翻訳はチェッカーさんが原文と突き合わせて確認し、その後社内で最終的な確認や調整を入れて、クライアントに納品されます。翻訳者・チェッカー間で考えが食い違うことも珍しくなく、時には翻訳者さんに再確認していただくなどで、仕上げ作業を行っていきます。納期の制約がありますので、迅速な対応が必須です。

クライアント納品の時点でどこまでの品質を確保しているのかも、皆さんの関心どころかもしれません。サイマルの翻訳サービスにはいくつかのレベル設定があり、それぞれに到達するべき品質基準があります。翻訳が正確であることはサービスを問わず必要ですが、上位サービスに行くほど、より高度な文章力を求められるなど、要求レベルは当然高くなります。

高品質を実現するうえで何よりも大切なのは、翻訳者の皆さんの一次翻訳のクオリティです。サイマル登録翻訳者の皆さんには、どのサービスであってもベストを尽くすようお願いしています。厳しくチェックしても修正がまったく必要ないことが究極の理想です。「自分の訳がノーチェックでクライアントに納品される」つもりでお仕事に取り組んでいただければ幸いです。

機械翻訳が翻訳業界を塗り替える?

翻訳業界内外で昨今関心がもっとも高い話題というと、何と言っても機械翻訳(MT)でしょう。今や耳にしない日はなく、産業翻訳のしくみを大きく変えつつあります。

MTは、原文テキストを何らかのプログラムに沿って解析し、最適とされる訳文をコンピューターが自動的に生成するものです。ここ数年は「Google翻訳」に代表されるように人工知能(AI)を用いた「ニューラル機械翻訳(NMT)」の隆盛が著しく、高性能なMTシステム(エンジン)が開発され日進月歩で改良されています。「AI翻訳」と呼ぶ場合、今はこのNMTを指します。

近年、AI翻訳を人手の翻訳と置き換えよう、作業プロセスのツールとして利用しようという動きが急に高まりました。変化のスピードがあまりに大きいため、翻訳業界に一大パラダイムシフトが起きていると言っても過言ではありません。「TOEIC○○点レベルの日本人国際ビジネスマンに匹敵」「翻訳業界の産業革命」「翻訳者の仕事はAIに取って代わられる」――。すべての翻訳が早々にNMTに置き換えられてしまうかのような言説すら業界内外で目にします。

しかし実際はそんなことはないでしょう(少なくとも当面は)。NMTでは誤訳や訳抜けも多く発生するため、人の手によるチェックと編集(ポストエディット=PE)が欠かせませんし、テキストを自動的に置き換えているだけなので、人間が言外の背景やニュアンスまで踏まえて訳すような文章など、人手翻訳のほうが適している分野・内容もたくさんあります。MT出力された訳文をいろいろチェックしてみれば、実感していただけるはずです。

とはいえMTの普及は止まらず、お客様のニーズや期待は大きくなる一方ですので、産業翻訳がもはやMTなしには成り立たないのも事実です。サイマルもこの現実を直視し、MTとどう付き合うか、共存していくかを考えることが必要な時期に来ています。

注)サイマルでは、「Google翻訳」など汎用MTエンジンを翻訳者が独自に用いて作業することは禁止しています。

人手翻訳の強みはいっそう大事に

 MT隆盛となっても、人手翻訳のニーズはなくなりませんし、品質に対するお客様の期待はむしろ高くなると考えています。その声に応えていくには、翻訳者の皆さんにも高い意識を持ち、力をフルに発揮していただくことが何より不可欠です。単に「タテをヨコに置き換える」だけならMTにもできますので、そのような翻訳をしていると淘汰されてしまうでしょう。機械にはできない、細部に配慮の限りを尽くした翻訳を今後も大事にしたいものです。

妥協なく仕事に取り組み、高い品質を安定的に提供してくださる翻訳者の皆さんと一緒にお仕事できることを日々願っています。

文:翻訳コーディネーター


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