サイマルも認証を得た、翻訳サービスへの要求事項を規定する「ISO 17100」。翻訳者にとっても関係の深い規格です。概要や翻訳会社がそれを取得する意義、業界への影響予測について、サイマルの翻訳コーディネーターがお話します。
はじめに
皆さんは翻訳のISO規格「ISO 17100」について聞いたことがあるでしょうか。日本では2015年の発行から4年あまりが経過しており、翻訳業界内外で広がりを見せつつあります。サイマルも認証を取得しています。
ISO 17100とは
「翻訳サービスの品質及び引渡しに直接影響を及ぼす翻訳プロセスのあらゆる側面に対する要求事項を規定」(ISO 17100英和対訳版序文より)した規格です。
お客様からお問い合わせを頂いてから受注・納品し、プロジェクトが完了するまでの全体の流れについて、どういう対応体制を敷き、どういう人材を起用することが求められるかを取り決めています。
翻訳のISO基準というと「訳文の品質そのもの」を保証する基準と捉えられがちですが、ISO 17100は「高品質を実現するための仕組みを持っていること」に対して認証を受けるものだといえます。
サイマルは「金融・経済・法務」および「医薬」の2カテゴリー、言語は英日・日英で認証を取得しました。
認証取得のメリット
ISO 17100認証を取得することは、お客様・翻訳会社双方にとってメリットがあります。
お客様にとっては、信頼性の高い翻訳会社を見つけやすくなります。ISO認証はお客様に代わって翻訳会社の審査(第三者監査)を行うという性格を持つため、認証取得は取引先選定の有力な根拠となります。実際サイマルでも、認証取得が案件受注の条件に指定されるケースがあります。
翻訳会社にとっては、国際規格であるISO 17100に適合していることを国内外のお客様や翻訳者の皆さんにアピールでき、案件・人材獲得の機会拡大につながります。今後ISO 17100の認知が広がれば、このメリットはいっそう大きくなると予想されます。
ISO 17100は翻訳事業全体の活性化にも貢献します。PDCAサイクルを回して業務プロセスを改善することで品質の安定化につながりますし、翻訳者の力量の維持向上のきっかけにもなります。また、翻訳業界でも情報セキュリティやコンプライアンスが非常に重視されますので、その意識向上にも効果が期待できます。
ISO 17100の要求事項
以下の6つの箇条で構成されています。
◆箇条1 適用範囲
規格が誰のどのような内容について適用されるのかの概説。
◆箇条2 用語及び定義
規格内で用いられる主な用語の定義。
◆箇条3 資源
大きく「人的資源」と「技術的資源」に分かれます。
- 人的資源:翻訳者など翻訳プロセスにかかわる人員の資格・力量の定義。詳細は後述します。
- 技術的資源:翻訳作業に必要な機器(PCなど)やシステムを指します。
◆箇条4 制作前のプロセス及び活動
翻訳作業前の準備段階についての取り決め。
◆箇条5 制作プロセス
作業が始まってから納品するまでの工程に関する取り決め。翻訳会社が行うべき管理、翻訳作業で適合しなければならない事項(適切な用語の使用など)が定められています。
◆箇条6 制作後のプロセス
翻訳成果物の納品後に行うフィードバック処理や終結管理全般についての項目。
翻訳者に求められる資格・力量
翻訳者の専門的力量については、以下のように規定されています。
(2)言語・テキスト形成能力:原文言語を理解し訳文言語を流暢に用いる能力と、訳文を作成するための知識。
(3)調査・情報収集:専門知識とリサーチスキル。
(4)文化:原文言語・訳文言語それぞれの文化的価値体系や最新用語などを的確に理解し使用できる能力。
(5)技術:ツールやITシステムなどを駆使して訳文を作成する能力。
(6)ドメイン:原文言語で書かれた原稿内容の理解と、それを適切なスタイルや用語を用いて訳文言語で再現する能力。
資格としては、以下のいずれかを満たすことが必要です。
(2)認定された高等教育機関の翻訳以外の学位取得+専業専門家として2年の翻訳経験
(3)専業専門家として5年の翻訳経験
チェッカー(「バイリンガルチェック担当者」)には同等の資格のほか、案件分野での翻訳またはチェックの経験が求められます。
(1)が証明できる翻訳者は翻訳経験年数が不問になります。(2)や(3)でネックになるのが他社での翻訳実績がカウントできないことです。フリーランス翻訳者には複数の翻訳会社に登録する人が多いと思いますが、機密保持の関係上、他社との取引やその詳細についての情報を漏洩することはできないはずですので、翻訳会社は自社での依頼実績だけを根拠にせざるをえません。
2017年にできた「翻訳者登録制度」はこの点を補う制度といえます。ISO 17100に規定される翻訳者の資格および力量を翻訳者自らが証明し、第三者機関に登録するものです。この制度内で一定以上のカテゴリー*で登録された翻訳者はISO 17100適合翻訳者とみなされます。
*3つあるカテゴリーのうち上位2種のみが対象。
有資格者の情報(連絡先など)はネットで公開されますので、翻訳者に直接仕事の依頼が入る可能性もあり、仕事を広げるチャンスになるといえます。
審査の流れ
認証を申請すると、まず「事前調査書」に会社の基本データを記入し、ISO規格の各箇条への準拠状況の自己判定を行います。人的資源についてISO適合者の一覧を作成して人数を把握し、適合の裏づけとなる各種文書の整備状況をチェックします。不足部分については、本番の審査までに準備を行います。
実地審査では、組織全体に関するヒアリングに続き、ISO規格の箇条ごとの適合状況の確認が行われます。その際は適合見込み案件の一覧をあらかじめ準備し、無作為に抽出されたサンプリング案件について、アサインされている翻訳者・チェッカーの資格状況や会社とお客様の間で行われたやりとりなどを、会社のデータベースや文書をもとにチェックしていきます。
この審査で大きな問題がなければ判定会議に上申され、認可されれば認証証発行となります。申請から認証証発行までは4~6カ月程度とされています。
今後の動き
2019年7月1日、従来の工業標準化法が改正され、産業標準化法に変わりました。いわゆる「JIS法」です。
この法改正により、工業分野が中心であったJISがサービス分野にも広がっています。ISO 17100も2020年度にJIS化する計画が進行中で、実現すれば入札・調達の条件として指定されることがますます増えると予想されます。
機械翻訳(MT)の普及とそれにともなうMT訳校正(ポストエディット=PE)業務の需要増も、翻訳のISO事情に影響を与えるでしょう。PEには独自のISO規格「ISO 18587」が作られていますが、その人的資源の資格の多くはISO 17100と共通しています。
サイマルでは今後も、業界周辺のこうした動向に引き続き注目していきます。
[参考文献]
国際標準化機構(ISO)、『ISO 17100:2015』(2015年)(英和対訳版:一般社団法人日本規格協会〈現 日本規格協会ソリューションズ株式会社〉刊)
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