第6回 コロナ禍での話し方 その1—―マスク着用時の聞き取りやすさを考える【通訳者と声】

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聞き取りやすい日本語の発音、発声は優れた通訳パフォーマンスには欠かせませんが、マスクをしたまま通訳をすることも多い現在、その重要性はますます高まっています。このコラムでは、通訳者向けのボイストレーニング講座の講師としても活躍する轟美穂さんが、通訳者特有の課題にフォーカスして声のスキルアップに役立つ情報をお届けします。

しばらく連載をお休みしている間に、予期せぬコロナ渦で私たちの働き方は大きく変わりました。対面での仕事ではソーシャルディスタンスを取り、マスク着用は必須。オンラインでの仕事も当たり前になっています。通訳者のみなさんも、この大きな変化の渦の中で何らかの適応を余儀なくされているのではないでしょうか?

そこで今回より5回に渡り「withコロナ」という新しい環境での話し方について、マスク着用時およびリモートでの話し方について触れることにいたします。

通訳者の声――ヒアリングから 

本稿を書くにあたり「マスクを着用したまま通訳をしたときの声」について、知り合いの通訳者何名かにヒアリングしたところ、以下のようなコメントをいただきましたのでご紹介します。

 

  • 聞こえづらさは人(声質)によると感じる。ソフトな声の人はマスクはしんどいのではないか。
  • 自分自身は特に問題を感じていない。
  • パートナーが聞き返されていた。
  • ウイスパリング通訳時が難しい。
  • いつもより少し声を張って話すようにしている。

 

今回の回答にもあるように、マスクをしている時はいつもより大きく声を出そうとする方が多いようですね。ゆっくり話すようにしたり「いつもよりやや高めの声」で話すように心がける方もいらっしゃるでしょう。

マスク着用が当たり前になった社会で、「マスクをしているのだから、いつもより大きめの声で話さなくては」という心理的ストレスが私たち皆に共通してあるように感じます。

「いつもより大きい声」が楽に出ればいいのですが、仕事中同じ音量が保てなかったり苦しくなってしまうとしたら、パフォーマンスが悪くなってしまいます。さらに、力み声の習慣がついてしまうことは、 常に声を出してお仕事をされる方は何としてでも避けたいものです。「持続可能なレベルで、いつもよりやや大きい声」は人によって違います。ご自分でどの程度が適切なのかを一度調べてみる必要があるでしょう。

 

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マスク着用で聞き取りづらくなる音

大きい声を出すだけで聞き取りやすさの問題は解決するのでしょうか? マスク着用により、音を作るときの空気の流れが遮断され、顎が下げにくくなることで、発音しづらくなる音があると専門家は指摘しています。(注1)(注2)

 

  • 高音がマスクの素材を通り抜けることができないために、マスクを着用すると「f」「s」「sh」「th」などの子音が聞き取りにくくなる。その結果、"wish"が"with"に聞こえてしまう。(注1)
  • 唇で作る音、「p」「b」「w」「f」「v」「m」が発音しづらくなる。またマスクにより顎を下げる自由度が制限され、広母音が発音しづらくなる("cat " "calm" など 。)(注2)

 

その上マスク着用時は、話し手の唇や歯、舌の動き、顔の表情が見えず、これらの音の違いを視覚的に判断することも妨げられているので、尚更聞き取りにくくなるというわけですね。

速度について

状況が許すならば、小さな子供に語り掛けるように、時間をかけてゆっくり丁寧に話せば聞き取りやすさは増します。しかし、ビジネスの場ではこれがなかなか難しいですね。通訳者の皆さんも、迅速な訳出が求められる状況でゆっくり話すのは困難でしょう。本コラムで以前ご紹介した、アナウンススキルの中のプロミネンスを使うことで、スピードを保ったまま聞き取りやすく話す練習をしてください。

これまでのレッスンの経験では、早口で話しながら音の高低差や強弱をつけるのを難しく感じる方が多いようです。その場合は、わかりにくい単語、固有名詞などの大事な語句の前に「間」を取ることをお勧めします。プロミネンスを有効に使うことで、クラアントをイライラさせることを避けることができるでしょう。

環境設定を工夫する 

これまで述べてきたことは自分自身の調整でしたが、配布資料・スライドの追加などによって音声情報を補助する工夫をしてもらうなど、通訳現場の環境をどう設定するかということも大変重要です。最近はリアルタイムで音声を文字化するツールもあるようですから、今後ビジネスの場でも利用するかもしれません。

状況・立場によって不可能であったり、申し出がしづらい場合もあるかもしれませんが、パフォーマンスをする立場でしか気づかないこともあります。


余談になりますが、まだ全面禁煙が当たり前でなかった時代、私自身、スタッフもクライアントも喫煙しているスタジオで音声収録をし「途中から鼻声になった」と指摘されたことがありました。そこで「すみません。煙草の煙のせいかと思います。」と言ってみたところ、煙草を吸うのを中断して下さり収録がうまくできただけでなく、クライアントのお一人から「ずっと我慢していたので言ってもらって本当に助かった」と感謝されたことがあります。皆さんも、無理のない範囲で環境設定を心がけてみてください。

 

(注1) UNC Health talk, 4 Tips for Communicating While Wearing a Mask,May 25, 2020,
https://healthtalk.unchealthcare.org/4-tips-for-communicating-while-wearing-a-mask/
(注2)The Conversation, The science of how you sound when you talk through a face mask, July 2,2020,
https://theconversation.com/the-science-of-how-you-sound-when-you-talk-through-a-face-mask-139817

 

 

 

轟美穂(とどろきみほ)

ボイスコーチ・トレーナー。主に放送の現場で話す仕事に従事した後、声優・アナウンサーなど声のプロのための訓練や、通訳者・教師・僧侶など職業上声を使う人へのコンサルティング型レッスン、および研修に携わる。2004年より京都在住。ヴォイスコネクション主宰。

 

 

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