翻訳と文化【翻訳者リレーコラム】

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スキルアップのために必要な知識や情報、日々の仕事での失敗や成功のエピソードなどを、英⇔日翻訳者がリレー形式で執筆します。今回のテーマは、日⇔英翻訳が難しい原因のひとつと、それを自覚して翻訳する重要性です。

 

日⇔英翻訳の難しさは、文の構造などの言語学的な差異にも起因することは言うまでもありませんが、それ以上に日本人と英語を母国語とする人々との間の文化的差異あるいは思考の差異に因る部分が大きいと感じます。


文章における文化的差異を筆者が初めて明示的に理解したのは、かつて米国の大学で履修した、英語を母国語としない学生のための英作文のコースの初日の授業でした。当時使用したテキストは長い年月の中で行方不明になってしまいましたが、欧米や日本など異なった文化圏における文章の流れを比較し、図説を含めて解説したそのテキストの内容は、今でもかなり鮮明に覚えているほど印象的なものでした。

学術的あるいは実務的な文章においても、日本語ではしばしば、状況など周辺的な情報から書きだし、かなり網羅的な議論を経ながら徐々に結論に近づいていきます。
それに対し、英語では、文章全体においても各パラグラフにおいても、基本的に冒頭から結論的なポイントを明記した後にその内容や根拠等の詳細を説明し、最後に改めて結論を要約的に記します。また文と文の論理的な繋がりや議論の一貫性が重視されることなど、文章の構成に関わる「思考の流れ」の違いを理解する重要性が強調されていました。

私たち翻訳者に依頼される翻訳の多くは、原文に忠実であることを求められるため、文章や資料の構成を全体的あるいは部分的にも変更することは難しい場合がほとんどです。そのため、上記の文化的差異を鑑みると、原文の作成者が本来伝えたい内容(メッセージ)を、翻訳を通して十分に伝えることは容易ではありません。

逆説的に言えば、翻訳を通して原文のメッセージを正確に伝えるためには、翻訳者がこの制限を自覚しながら作業を行うことが重要な要素のひとつであろうと思います。言い換えれば、メッセージが伝わる翻訳を提供するためには、言葉を置き換えるだけではなく、限られた自由度のなかで、読み手の思考をできる限り考慮した表現を模索する努力が必要といえるのではないでしょうか。

最近はAIなどを利用した機械翻訳の精度も向上しているようですが、上記のようなレベルの翻訳は、少なくとも当面は、人間にしかできない翻訳であろうと思います。

 

(注)この記事は、2015年7月に「サイマル翻訳ブログ」に掲載されたものを加筆修正したものです。

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住本時久(すみもとときひさ)

米国コロンビア大学国際公共政策大学院卒業、修士号MIA取得。国内最大手証券会社、米系機関投資家・資産運用会社(東京・シンガポール)、上場企業CEO等を経て、フリーランス通訳・翻訳者。IRをはじめ金融、経営、政府・官公庁、学術など高い専門性を要する諸分野をカバー。通訳・翻訳者転身後、博士号取得。現在、大学の非常勤講師も務める。

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