時は幕末。駆け出し通訳者は日々学び、悩み、奮闘する【コミック『とつくにとうか』】

鎖国時代の通訳者通詞(つうじ)」を知っていますか? 外交面で多大な貢献をした彼らですが、歴史の表舞台には登場せず、その存在はあまり知られていません。
2023年、そんな通詞にスポットをあてたコミック『とつくにとうか-幕末通訳 森山栄之助-(以下、『とつくにとうか』)』が発売されました。ペリーの通訳を担当し、後に英語塾も開いた実在の通詞・森山栄之助を主人公に、通詞の苦労や活躍が鮮やかに描かれています。今回は通詞の魅力や作品に込められた熱い思いを、作者の川合円(かわいまどか)さんにたっぷり伺いました。

とつくにとうか

■『とつくにとうか』内容紹介(株式会社講談社公式サイトより)
鎖国の時代、通訳者は「通詞(つうじ)」と呼ばれた。
真面目で熱心なタイプの森山少年は、時々空回りしながらも考え続けて伝える努力ができる、期待の通詞見習い。
彼はやがて成長し、後にペリーやハリスとの交渉の場に立ち会う幕末外交の影の功労者となる!

幕末時代の最先端の仕事の中で笑い、泣き、時々傷ついてもまた顔を上げ、職業人になっていく。
強くて優しい、幕末のお仕事ヒューマンドラマ!

通詞の魅力とタイトル『とつくにとうか』にこめた思い

――通詞は江戸時代の幕府公認通訳者ですが、歴史上でも裏方の存在で、あまり知られていないように思います。今回、そんな通詞を主人公にした作品を描かれようと思われたのはなぜでしょうか。通詞を知った経緯などとあわせてお聞かせください。

川合(以下、川):もともと子供の頃、海外に住んでいたこともあって、異文化交流に関心がありました。NHKの大河ドラマ「青天を衝け」で、ラナルド・マクドナルドという日本初の英会話指導者の存在を知り、とても興味を持ったんです。彼のことを色々調べているうちに、教え子である森山栄之助(注1)のことを知りました。

そこで初めて「そうか。外交が行われていたということは、通訳する人もいたんだよな……」と当たり前のことに気づきました。それが衝撃で色々な資料を読みこんでいったのですが、当時、通詞が大変な苦労をして通訳をしていたことも知り、ぜひ彼らの活躍や存在を表に出したいと思い、連載のテーマに決めたんです。

――確かに、ペリーが黒船で来航した事実は知っていても、その裏側や支えた存在まではあまり考えることはないかもしれませんね……。

ところで『とつくにとうか』というタイトルですが、これは「外つ国(とつくに=外国)」と「talker(話す人)」の意味と伺いました。まさに二ヵ国の言葉を使って橋渡しするようなイメージを持ったのですが、どのように決められたのでしょうか。

:はい。資料で「外つ国」という言葉に出合い、ぜひ使いたいと思ったんです。通訳者を表す言葉も入れたかったのですが、よく使われる「interpreter」だとタイトルにはちょっと長すぎる。ではどうしようかと考えて、「言葉で表現する人」の意味もある「talker」を選びました。実は最初「トツクニトーカ」とカタカナにしていたのですが、編集部から「ひらがなのほうがしっくりする」とアドバイスをもらい、今の表記になったんです。ただ、全部ひらがなだと、どこで区切るのか、どういう意味なのかが分かりづらいかと思って「幕末通訳 森山栄之助」というサブタイトルを付けました。

入念なリサーチとキャラクター設定が、コミックに命を吹き込む

――その森山栄之助をはじめ、作品中には実在の人物が多く出てきますね。登場人物や当時の時代背景など、作品を構成されるにあたっては、どのようなリサーチやアプローチをされたのですか。

:まずは図書館で関連資料を何十冊も乱読し、気になった部分を突き詰めていくようにしました。また、長崎の出島に行って現地取材をし、数々の史跡や資料館を回りながら、当時の状況を思い浮かべて構想を膨らませていった感じです。とにかく、たくさん読んで、見て、実際に触れることで得られることが多いので、できる限りリサーチに時間を割くようにしています。実際の作業だけではなく、リサーチにもかなりの時間をかけているかもしれませんね。

――通訳者も、案件にあたってリサーチに時間と手間をかけることが多いので、なんだか共通点を感じます。ところで、森山栄之助や、同じく通詞の堀達之助(注2)など、実在の人物についてはどのようにキャラクターのビジュアルや言葉遣いなどを設定されたのかをお聞かせください。

:栄之助は主人公で、日本と外国との懸け橋になる存在なので、基本的にいい人であってほしいと思いました。ただ、いい人はともすると損をしがちだったり、どこか不器用で周囲がもどかしく感じる部分もあるかなと。それで、眼鏡をかけた目のくりっとした素朴で明るい感じのキャラクターを採用したんです。栄之助は写真が残っているのですが、実物はメガネをかけていないんですよ。でも、少しおっちょこちょいで愛敬があって、読んでくださる方が一緒に成長をも見守れるようなキャラクターをイメージしてみました。
対する達之助は、主人公とは逆のタイプにしたかったので、クールでイケメン要素を取り入れています。

通訳に対する取り組み方は異なりますが、通詞という仕事にかける情熱や誇りは、2人とも真摯で人一倍熱いものがありますね。

実体験が反映された「様々な人物のリアルな描写」

――特に栄之助のセリフからは強い覚悟や自負、「ただ訳すのではなく、その裏にある文化や背景も理解し、言語を超えて正しく伝えたい」という真摯な思いが伝わってきました。現在の通訳者の方々も「そうそう!」と共感する部分が多いのではないでしょうか。

栄之助の一言ひとことには、通詞という仕事への熱く真摯な思いがあふれています(左右の画像はページごとの抜粋でつながっていません)

――この作品では、人物一人ひとりの視点がとても丁寧に描かれているように感じます。特に際立っているのが、日本人だけでなく、海外から日本に来た外国人の視点も描かれている点です。どうしても一方向で、日本人側の目線になりがちな気がしますが、この作品では外国人の苦労や心情も当事者のように描かれていて、はっとさせられることもありました。色々な立場の人物について、それぞれの視点からの細やかな心情描写ができるのは、どうしてなのでしょう。

:そうですね……。私自身が「少数派」の立場を経験したためかもしれません。先ほどお話ししましたが、子供のころ、両親の仕事の関係でアメリカとタイに住んだことがあるんです。最初はまったく言葉もできずにいろいろ苦労しましたし、思うことも多かったです。その経験から、色々な人の立場で考えるようになったのかもしれませんね。

海外にいるときは「何か日本語でしゃべってみて」、日本に戻ってきたら「何か英語でしゃべってみて」と何度も何度も言われ続けて、「何かって、一体何をしゃべればいいの!?」と毎回困っていました。作品中で、栄之助が行く先々で「何か異人の言葉をしゃべってくれよ」と言われて困惑する場面があるのですが、あれは私の実体験を反映しています(笑)。

――だから描写がリアルなんですね! 日本にやってくる外国人と迎えいれる日本人。そこに通詞である栄之助がいることで、お互いの思いが鮮やかに浮き上がってくる気がします。

ところで、キャラクターやストーリーなど魅力満載な作品ですが、川合さんが特に注目してほしいのはどのような点でしょうか。

:この作品の舞台となっているのはペリー来航前で、歴史的には特に大きな事件もなくて、教科書でほとんど扱われない時代なんです。教科書ではたった1行で終わってしまっても、そこにはたくさんの人々が生きて、それぞれに懸命に日々を送っていたんだなと、親近感や興味を持っていただけたら嬉しいです。また、栄之助はじめ通詞たちの活躍をたくさんの方に伝えたいですね。

プロになるまでも、なった後も「一生勉強の長い道」

――川合さんはずっと漫画家をめざされていたと伺いました。実際に今、プロの漫画家になってみて、あらためて感じることなどはありますか。

:プロになって感じることは「プロになったあとも道は長い」ということです。今は雑誌に連載させていただいていますが、雑誌は全体のページ数が決まっているので、連載スペースをいただけるのも難しく、とても厳しい世界だなと感じています。

大学を卒業したら、もう勉強しなくていいかと思っていたのですが(苦笑)、知りたいこと、調べたいこと、学ぶべきことが山のようにあって、本当に日々勉強です。決してゴールはなくて、一生学び続けていくんだろうなと思います。

――最後に、この記事を読んでいる皆さんにメッセージをお願いします。

:実は私自身、通訳者翻訳者に関心があった時期があるんです。就活時にパンフレットなども取り寄せたのですが、英語ができることと英語が好きで仕事にすることは別なのだと感じ、その道は歩みませんでした。

通訳はことばの仕事なので、正解はないのかなと思います。そして、なるまでの道のりも長く、なってからの道のりもとても長いのではと思います。だからこそ皆さん、やりがいのあるお仕事なのではと感じます。

この作品中の森山栄之助は、プロとはいえ、駆け出しで未熟な面もとても多いです。私も、連載作品は今回が初めてで「これでいいのかな」と迷い、つまずきながら描いている毎日です。

どんな仕事でもそうだと思いますが、常に学びの連続で、もっとできる、もっとうまくなれると思うからこそ、先に進めるのだと思います。この題材を描く中で、私も今のこの気持ちを忘れず、プロとして学び、描き続けていきたいと思っています。

ぜひ皆さんには、この作品を通して栄之助や達之助たちの成長を一緒に応援していただけると嬉しいです。


注1:森山栄之助(1820-1871)
森山家は代々オランダ通詞を務めていましたが、栄之助は英語にも堪能で、英語・オランダ語の2カ国語を使いこなせる通詞として、ペリー来航やプチャーチン来航時などに通訳を担当しました。ちなみに福澤諭吉も、短期間ではありましたが、栄之助の英語塾で学んでいました。

注2:堀達之助(1823-1894)
オランダ語通詞の息子として生まれ、後に同じく通詞の堀家の養嗣子となりました。栄之助同様、マクドナルドに英語を学び、英語・オランダ語に堪能なトリリンガルでした。ペリー再来航時の通訳を担当したほか、日米和親条約の翻訳、さらに日本初の本格的な英和辞書『英和対訳袖珍辞書』も編纂し、英語学者としても活躍しました。


※記事中の作品画像は著者の川合さんご承諾のもと、株式会社講談社から提供いただき、掲載しています。

『通訳・翻訳ブック』編集部

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