クイーンズランド大学大学院(オーストラリア)の場合【大学における通訳者・翻訳者養成の取り組み】

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世界各国の大学機関では、次世代の優秀な通訳者翻訳者を世に送り出すべく、さまざまな独自の取り組みをしています。今回は、そんな大学の中から、オーストラリアの名門校、クイーンズランド大学大学院の取り組みについて、同大学の日英通訳翻訳修士プログラム主任を務める内山明子さんにお伺いしました。

オーストラリアにおける通訳・翻訳マーケットの現状と将来

通訳はフリーランス中心で、コミュニティ通訳からビジネス通訳、会議通訳までさまざまな仕事があります。通訳マーケットに関しては、国境の閉鎖により海外からの出張に伴う通訳案件がなくなりました。現時点での案件は、現地の日本人を対象とする通訳、またリモート通訳になるでしょう。

翻訳マーケットは、通訳ほどコロナ禍の影響を受けていないようです。仕事が増えたと話している翻訳者もいます。また、オーストラリア在住であっても日本をはじめ海外から仕事を受注している翻訳者が多いです。

オーストラリアには、通訳者翻訳者の資格を認定する国家機関National Accreditation Authority for Translators and Interpreters (NAATI) が存在します。オーストラリア国内では、NAATI資格がなければ通訳・翻訳の仕事を取りにくいとされています。逆に、有資格者、特に上級の資格保持者は有利だといえるでしょう。

今後ですが、通訳のリモート化の流れは止まらないように思います。翻訳では、翻訳支援ツール、機械翻訳+ポストエディットの活用がさらに進むのではないでしょうか。いずれにしても、高度なスキルによる差別化というのが成功のカギになると思います。

クイーンズランドならではのプログラムの特長や強み

クイーンズランド大学は1909年に設立されました。国際的にも評価が高く、オーストラリアの名門大学8校からなる Group of Eight (G8) に属しています。日本語・英語の通訳翻訳修士課程は1980年の創設。Certified Conference Interpreter、Certified Advanced Translator の上級レベルの教育課程として NAATI に認められており、会議通訳、専門翻訳を学ぶことができます。1年目は逐次通訳・翻訳の基礎を学び、同時通訳と専門翻訳は2年目に学習します。

会議通訳の教室では、国連ジュネーブ本部でも採用されている Televic 社の機器を使用します。Live Interpreting Forum 授業は、さまざまな分野の専門家を講演者として招待し、そのスピーチを同時/逐次通訳する実践トレーニングです。

特長としては、NAATI有資格の講師陣による実践的な授業に力を入れていることがあげられます。教材も実際の仕事に即したもの、プロの通訳者翻訳者をめざす学生のスキル向上に資するものを選んでいます。少人数制の演習も特長の1つです。

英語ネイティブ、日本語ネイティブの学生が協力し合えることも大きなメリットでしょう。また、実務経験の機会も提供しています。

日本からの留学生にとっては、英語圏で生活することも通訳・翻訳スキル向上に役立つはずです。

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大学で通訳・翻訳を学ぶことの意義

通訳・翻訳スキルを体系的・効果的に学べる点にあると思います。基礎固めから高度なスキルまで段階的に学べるよう、2年間のプログラムが組まれています。集中的なトレーニングにより、即戦力となりうる人材の育成に力を入れています。専門性の高い社内通訳の仕事に就いたある卒業生は「(本学の課程で)基礎をしっかり固めていたので、飲み込みが早い、伸びが早いと言われました」と話しています。

大学院課程としてカリキュラムには通訳・翻訳理論も含まれますが、「理論」といっても難しく考える必要はなく、通訳・翻訳の仕事において求められる判断に役立つ材料として捉えるといいかもしれません。卒業生の中には大学で通訳・翻訳を教えている人もいますが、教育には理論体系が役立つでしょう。

2年間の学生生活は、通訳・翻訳スキルの向上を目指す仲間が切磋琢磨しながら成長する仕組みを提供します。大学には、学びのコミュニティとしての意義もあるのではないでしょうか。

修了生の進路について

卒業後は、日本で社内通訳・翻訳の仕事に就く人が多いようです。社内で経験を積んでからフリーランスになる人もいます。また、通訳・翻訳のスキル、語学力、リサーチ力を生かして、政府機関や民間企業、法律事務所で働く人もいます。

なお、進路の話ではないのですが、2018年の日本会議通訳者協会主催・第1回同時通訳グランプリ社会人部門でグランプリを受賞したのは本学の2017年度卒業生です。

クイーンズランドの今後の展開や展望

2020年後期、クイーンズランド大学では対面授業とズームによるオンライン授業、2つのモードで授業を行いました。2021年もそれが継続される予定です。国境閉鎖によりオーストラリアに渡航できない学生は、オンラインでの履修登録、受講が可能です。対面授業が望ましい面はあるのですが、オンライン授業はリモート通訳の訓練にもなります。また、先に述べた Live Interpreting Forum 授業では、海外から講演者を招待できるメリットもありました。

クイーンズランド大学は卒業生の雇用適性を重視しており、職業統合学習(Work Integrated Learning、WIL)にも取り組んでいます。

通訳・翻訳を学ぶ人へのメッセージ

通訳・翻訳は、人々の営みに欠かせないコミュニケーションをサポートします。テクノロジーの発展により、通訳者翻訳者の仕事のあり方は変化していくかもしれません。しかし、そこにはテクノロジーを用いる「人」が必ず存在します。そして、テクノロジーとの共存において、人ならではの創造力、臨機応変な取り組みがますます重要になると考えます。

クイーンズランド大学は、多様性に富むアカデミックな環境、安全で美しいキャンパスでの学びの場を提供します。競争や変化の激しい今日、大学院で通訳・翻訳を学ぶことも1つの大きな選択肢でしょう。

 

内山明子さん
内山明子(うちやまあきこ)

オーストラリア・クイーンズランド大学大学院博士課程修了。専門は翻訳研究。現在、同大学言語文化研究科講師、日英通訳翻訳修士プログラム主任。著書に Diverse Voices in Translation Studies in East Asia(共編著,Peter Lang, 2019)、主要論文に “The Politics of Translation in Meiji Japan”(Routledge, 2018)ほか。

 

 クイーンズランド大大学大学院の通訳者翻訳者育成コース
「Master of Arts in Japanese Interpreting and Translating(MAJIT)」の詳細はこちらから


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