今の自分に言いたいこと、聞きたいこと【1年目の私へ 番外編】

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現在活躍している通訳者翻訳者の方々が「プロデビュー1年目」を振り返り、その頃の自分へ手紙のようにしたためる「1年目の私へ」。シリーズ最終回は、通訳者翻訳者として活躍中の丹埜段さんによる番外編をお届けします。

「通訳1年目の私」と「13年目の私」による問答

「1年目の私へ」という『通訳・翻訳ブック』の連載を興味深く読んでいました。
「自分であれば、昔の自分になんと言うだろうか……」と考えていたところへ、ちょうど寄稿のオファーをいただいたので、ありがたく書かせていただくことにしました。

さて、いざ筆を取ろうとすると、なかなか進みません。考えてみれば、今、13年目を迎えた自分が、1年目の自分に言いたいことは特に無かったのです。と言いますのも、駆け出しの頃の私は、通訳というものにややストイックすぎるほど燃えていて(まだ案件があまり無かったこともあり)、日々かなりのトレーニングをし、1日中、通訳力の向上のことばかり考えていました。どうすればうまくなるかを考え、それを実践し、案件があれば終了後、入念に振り返り改善点を探すという、まるで修行僧のような日々を送っていました。ですので、当時の自分に今何か声をかけるとすれば「その調子でがんばるように/Keep up the good work」ぐらいしか思い付きませんでした。

一方で、その逆に「1年目の自分が今の自分に対して言いたいこと、聞きたいこと」はいろいろあり、そこからこの番外編が生まれました。

以下、通訳1年目の私と、今年で13年目を迎える私との問答です。

◆通訳トレーニングについて

1年目の私(以下、「――」):どうもはじめまして。まずはじめに、あなた自身もことある毎にその重要性を主張している通訳トレーニングについてお伺いします。ご存じの通り、駆け出しである私は今、通訳トレーニングをかなり熱心にやっていますが、あなたの日常を見る限り、多少はやっているようですが、それほど熱心にやっているとは思えません。どうしたのでしょうか? 向上心を失ってしまったのですか?

13年目の私(以下、私):決して向上心を失ったわけではありません。でも、確かに昔ほどはトレーニングしていませんね。

あなたは今、熱心にトレーニングをしていて、とてもいいことだと思います。そして、この後数ヵ月ぐらいすると、その効果を如実に感じるようになります。

具体的にはリテンションが大きく向上し、今はある程度落としたり端折ったりせざるを得なくなっている部分についてもちゃんと拾い、訳で再現できるようになります。でも、その後年数を重ねていくにつれて、トレーニングをすることで体感できる効果は(当然のことながら)逓減していきます。

トレーニングに関して、重要な要素となるのが会議参加者やクライアント(以下「クライアント」と総称)がそのトレーニングの効果をどの程度感じるか、ということです。

――どういうことですか?

:通訳のウデがある程度高ければ、クライアントはもう満足している、とも言えます。もちろん、さらに通訳トレーニングを続けてほしいという要望はあるでしょうが、通訳者がそれをしたところで、その効果について、クライアントはもう気付かない領域に入っています。

これは「通訳トレーニングは誰のためのものか」という問題でもあります。クライアントがその効果に気付かないのであれば、そのトレーニングはクライアントのためというよりは、通訳者自身のためのもの、とも言えます。だからダメ、ということではありませんが、トレーニングの効果、そしてその効果を誰が実感・受益するかを意識するといいと思います。

――なるほど、そういう考え方もあるのですね。

私:通訳者によっては、そのトレーニングの効果がクライアントに気付かれず、あくまでも自分のためのものであっても意義があると感じる人もいるでしょう。一方で、トレーニングというものをよりクライアント志向で考えている人もいる、ということかと思います。

◆通訳と翻訳のバランスについて

――次に、翻訳について聞きたいと思います。今のあなたを見ていると、通訳だけでなく、翻訳を結構やっています。通訳者ではなく通訳・翻訳者に鞍替えした、ということですか? 今の自分がほぼ通訳がメインで翻訳はごく一部対応しているだけ、というのと対称的です。正直、通訳に集中すべく、翻訳は減らしていこうかなとも思っているのですが……。


:翻訳は続けた方がいいと思います。いくつか理由があります。

第一の理由は、通訳力の向上、そして通訳に関する視点を手に入れられる、という点です。通訳という作業は瞬時に訳すことを求められるわけですが、翻訳はそうではなく、じっくりと時間をかけて訳を練り上げることができます。「時間が無かった」という言い訳が出来ない中で、自分はどういう訳をするのかをモニタリングすることには意義があると思いますし、通訳をする際の表現の引き出しが増えるという効果もあります。

翻訳をするといいと思う2つ目の理由は、収入源の分散という効果です。
通訳も翻訳も共に「訳」ということで、長い目で見て、例えば機械/AIによる自動の訳に対するリスクの分散効果は薄いかもしれません。でも、短期的・中期的には、訳者による仕事のポートフォリオ効果によるリスク分散は十分可能だと思います。

通訳/翻訳もそうですし、同じ「通訳」の中でも分野、場所(国内外)、同時・逐次、あるいは通訳を教えるなど、無数の分散が可能です。こうした分散は、金融危機やパンデミックなど、不測の事態において特に重要になります。

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駆け出し(インハウス通訳者を始めたばかり)の頃

◆飽きることについて

――なるほど、分かりました。では次です。もう13年もやってらっしゃるわけですが、よく飽きないですね。なぜそんなに長く続いているんでしょうか。しかもIRという特定の分野で。実はもう飽きているんですか?

:確かに駆け出しのころ、通訳の10年選手を見て「よく飽きないな……」と思ったのを覚えています。でも、飽きないですね。

なぜかというと、まず完全に通訳メインではなく、前述の通り、翻訳もやったり通訳を教えたりといろいろなことをしている、だから飽きが来ない、という面があると思います。そういう意味でも、通訳に加えて翻訳もすることでいい気分転換になると思いますね。通訳する際とは、脳のちょっと違う部位を使っている気がします。

あと、先程の通訳トレーニングの話にも関連しますが、だんだん年数を重ねてくると、筋トレ的な通訳トレーニングの割合が減少し、それに代わって、より哲学的というか、あれこれ考える時間が増える気がします。そういったプロセスも楽しいんです。

――どういうことですか?

:例えば私であれば、昨年は「仮説志向のIR通訳」ということで、いかにして投資家の仮説をミーティング中にあぶり出し、それを踏まえた訳に微調整していくか、というテーマについて考えていました。また、今年は「通訳の編集」というテーマにとても興味があって、本番中、どのような切り口でどの程度まで編集をした上で訳すか、といったことを考えています。

自分で考えるだけでなく、そのテーマで通訳ワークショップを開催し、他の通訳者に説明をしたり、フィードバックをもらうことで思考を深めようとしています。これらの作業は決して「トレーニング」とは呼べないものですが、でもためになるし、そしてとても楽しいものです。そういった、いわば研究テーマのようなものが時折浮上し、それが面白いからなかなかやめられない、というのもあります。

そういう意味では、例えばIR等、同じ分野の通訳を突き詰めることには「飽きる」というデメリットがありうる一方で、「思考の対象がだんだん深くなってくる」という、これはこれで結構大事なメリットがあると思います。

通訳者によるマーケティング/ブランディングについて

――なるほど、分かりました。では最後のテーマですが、通訳力を上げるためのトレーニングに加えて、自分自身のマーケティングというか、ブランディング(以下「マーケティング」と総称)をどうしていこうか、ということも考えています。何か具体的な案があるわけでもないんですが……。

あなたがブログをやったり、通訳に関する講演をしたり、今回のこの記事のような執筆・寄稿をしているのは、自身のマーケティングという目的もあるんでしょうか。

:確かに、マーケティングは気になりますよね。このテーマは二段階で考える必要があると思っていて、まず一段階目は通訳が上手であること、そして二段階目が(通訳が上手であること、つまり自分の付加価値を)世に伝えること、です。マーケティングは、この二段階目に相当します。

大事なのは、あくまでも「通訳が上手であること」です。マーケティングは、はっきり言って二の次でいいと思っています。というのも、A good product sells itselfではないですが、通訳が上手であれば、必ずクライアントやエージェントの目にとまるからです。むしろヘタなマーケティングをすることで、かえって可能性を狭めることもあると思います。特に、実力が伴っていない中でマーケティングが先行すると、自分の首を絞めることになりかねません。

――今日はどうもありがとうございました。


:こちらこそ。特に、冒頭の「通訳トレーニング」や「向上心」の話にはハッとさせられました。クライアントがそれに気付くかどうかは別として、もう一度初心に返り、自分の進むべき道を考えてみたいと思います。どうもありがとうございました。



丹埜段
丹埜段(たんのだん)

イギリス人の父と日本人の母の間に生まれる。徹底したバイリンガル・バイカルチュラル教育のため、小中学校で8回転校。
慶応大学卒業後、三菱商事とモルガン・スタンレー証券での計10年間のサラリーマン生活を経て、通訳者に。短いフリーランス期間の後、2008年に社内通訳者として野村證券に入社。
2012年、同社を退社し、IR通訳に特化した通訳会社アイリスを設立。欧州での事業拡大に伴い、2019年に家族と共にオランダに移住。

 

 

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