翻訳支援ツールの落とし穴――ディスクロージャー翻訳を例に

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大変便利な翻訳支援(CAT)ツール。皆さんは使いこなせていますか。今回は、使い慣れている翻訳者でも見落としがちなポイントを、サイマルの翻訳コーディネーターが具体例とともに解説します。今日からぜひ、ご活用ください。

過去訳の踏襲vs訳し分け

「前回も似たような文章を翻訳したような気がするけど……あのとき、なんて訳したっけ?」

そんな、翻訳者なら誰もが経験したことのある状況で、絶大な威力を発揮するのが翻訳支援(CAT)ツールです。「翻訳メモリ」というデータベースに過去の原文と訳文を対訳データの形の「翻訳資産」として蓄えておくことができるため、前回の翻訳からどんなにブランクが開こうが、前回とは別の翻訳者が翻訳しようが、一度訳したものは正確に記憶し、忠実に再現してくれます。過去訳を踏襲し、翻訳の品質を安定させるためには欠くことのできないツールとなっています。

サイマルも5年ほど前からCATツールを活用しています。おかげで過去訳の踏襲や訳文の統一は以前に比べてだいぶ楽になりました。しかし逆に言えば、原文が同じであっても、文脈に応じて訳文を変えなければならない箇所まで機械的に同じ訳が充てられてしまうリスクがあるのも事実です。そこで今回は、普段からCATツールを使い慣れている翻訳者でも見落としがちな、同じ原文に対する訳し分けについて、サイマルで取扱量が急増しているディスクロージャー(企業の財務・業績に関する情報開示)分野の翻訳を例にご紹介します。

訳し分けが必要なケースとは

「原文が同じなら訳文も同じ」であるのが整合性の取れたよい翻訳と思われがちですが、常にそうとは限りません。「原文が同じでも訳文は変える」ことが必要なケースも決して珍しくはありませんので注意が必要です。たとえば以下のような場合です。

◆期間or時点

【日】2020年3月期

【英】<訳例1>Fiscal Year Ended March 31, 2020 <訳例2>As of March 31, 2020

計算書類などでよく見かける会計年度表記の英訳ですが、特定決算期(期間)の経営成績を指す場合は訳例1、特定決算期末(時点)での財政状態を指す場合は訳例2のように訳し分ける必要があります。

◆過去or未来

【日】2020年度
【英】<訳例1>Fiscal Year Ended March 31, 2020 <訳例2>Fiscal Year Ending March 31, 2021

「2020年度」なども機械的にすべて同じ英語に訳してしまいがちですが、すでに終了した会計期間なのか(訳例1)、当期もしくは将来の会計期間なのか(訳例2)でそれぞれ"Ended"、"Ending"という違いが生じ、ミスが起きやすいポイントなので、注意が必要です。

また、原文(日本語)では「当年度」「当会計年度」などとだけ書かれていても英訳では数字で訳出(例:fiscal 2020)することがあります。過去訳を踏襲する際に注意が必要で、過去訳の年度(数字部分)を変更する必要があります。

◆同氏は~

【日】同氏は~
【英】<訳例1>he/his/him <訳例2>she/her/her

株主総会に取締役選任についての議案が含まれる場合に、招集通知に取締役候補の略歴が記載されます。そこに「同氏は~」という文章が含まれる場合、複数の候補者で同じ文章が使用されるケースや前年度と異なる候補者に同じ文章が使われるケースがあるため、そのような場合は英文での氏名や代名詞の性別を変える必要があります。

◆役職名

【日】同社社外監査役(候補者Aと候補者Bで同じ役職名が出てきた場合)
【英】<訳例1>Outside Auditor of ABC Corporation <訳例2>Outside Audit & Supervisory Board Member of XYZ Corporation

これも同じく選任議案ですが、社外監査役候補の略歴で、異なる会社の役職名が原文(日本語)で一致している場合でも、英訳はそれぞれの会社の定訳を踏襲しなければならないため、訳し分けが必要となる場合があります。

「独立役員」の英訳も、取締役か監査役かによって“independent director”と“independent auditor”に訳し分ける場合があります。

◆単数or複数

【日】重要な兼職の状況
【英】<訳例1>Significant concurrent position <訳例2>Significant concurrent positions

取締役候補者数や兼職数等の単複の違いによって、同じ原文(日本語)でも単数・複数を訳し分ける場合があります。

◆キャピタリゼーション(大文字・小文字のスタイル)

CATツール上ではどこがタイトルでどこが見出しなのかが見分けづらいですが、タイトル・見出しで場所によりキャピタリゼーションのルールが異なる場合、同じ原文(日本語)でもキャピタリゼーションを変更する必要があります。

Memsourceの繰り返しの例外処理

以上のように、原文が同じであっても訳文は文脈に応じて変えなければならないケースは意外と多いのが現状です。これはディスクロージャー分野に限ったことではありません。では、同じ原文に対してブレることなく同じ訳文を自動で反映させてくれるCATツールをどう使えば、訳し分けに対処できるでしょうか?

意外と知られていないことですが、サイマルで使用しているCATツールのMemsource(メムソース)には、同じ原文に対して訳し分けが必要な場合の対処法として、繰り返しの自動入力に例外を設定する機能があります。

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各セグメントの右に表示される青色の繰り返しマークをクリックすると、上図のように斜線が表示されて例外として扱われます。例外にしておくと、そのセグメントは自動入力の対象とならず、訳し分けが可能となります。まだ使ったことのない方はぜひ試してみてください。


いかがでしたでしょうか? サイマルではMemsourceを使う案件が年々増えています。翻訳者の皆さんもぜひ上記のポイントを参考に、Memsourceの繰り返しの例外を適切に設定しながら翻訳できているか、今一度チェックしてみてください。

 

 翻訳コーディネーター T.S.

 

 

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