カギ括弧をどう訳す? 前編【ポール・ウォラムの視点】

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日本語ネイティブ翻訳者が間違えやすい訳や文法を5回にわたりピックアップしてきた本シリーズ。第4回と5回は、前後編でカギ括弧の扱いについて、事例を用いて詳しく解説します。

日本語のカギ括弧と英語の引用符

翻訳者の仕事は、ふたつの言語とそれぞれの言語がもつ「慣習」の間をスムーズに橋渡しすることです。原文に忠実でありながら、ターゲット言語(日英翻訳なら英語)として自然に読めるというふたつの要求を満たしていかなくてはなりません。自然に読める訳文にするには、その言語の慣習を逸脱していないことも重要です。

日英翻訳を勉強したことがある人なら、かなり早い段階で、ふたつの言語の大きな相違のうち明白なものにはうまく対応できるようになります。しかし、大きな相違であるのに、長く翻訳の勉強をしている人でも気づきにくく、自然な英語に訳すうえで障壁となりがちものもあります。

今回はそうした相違点のひとつ、日本語のカギ括弧(「」)と英語の引用符(“”)を見ていきましょう。このふたつは同じものと思われがちですが、大きな違いもあるのです。
カギ括弧(「」)が出てくるたびに英語の引用符(“”)に置き換えていると、奇妙に見えるだけでなく、完全に違う印象を与える英文になることさえあります。これは英語でscare quote(注意喚起の引用符)と呼ばれる用法の場合ですが、これは後編に回しましょう。今日は、比較的分かりやすい違いから見ていきます。

英訳時の注意点

日本語のカギ括弧(「」)と英語の引用符(“”)の最大の違いは、おそらく引用符(“”)のほうが使える場面が限られているということです。原則として、英語では直接引用に対して引用符(“”)を使います。ある人の発言を文字通り、またはそれに非常に近い形で引用するということです。発言のパラフレーズ(言い変え)の場合は間接引用の形を取り、引用符(“”)は使いません。日本語では間接引用でもカギ括弧(「」)が使われることが少なくないので、英訳するときには注意が必要です

では、いくつか、日本語の例を見てみましょう。

合同会社の代表を務める大山さんは「特区がなければ桃浦の牡蠣は消えていた。我々15人はほぼ全員、後継者のいない高齢者だったから」と評価する。(『毎日新聞』デジタル版 2021年3月5日より)

カギ括弧(「」)を見ると大山さんが実際に話した言葉をほぼそのまま使っているようですから、直接引用として訳せます。(大山さんは男性だとします。)

Mr. Oyama, who serves as representative of the consolidated company, welcomed the scheme, saying: “Without the special zones, Momonoura oysters would have been a thing of the past. There are 15 of us here, and we’re all old, with no one who wants to carry on the family business……”

カギ括弧(「」)の中身が直接引用か間接引用か、はっきりしない場合もあります。

広瀬勝貞知事は打ち上げ成功を受けて、「(22年予定の)大分からの打ち上げに弾みがつく結果。引き続き取り組みを進めて参りたい」との談話を発表した。『朝日新聞』デジタル版 2021年1月25日より)

これが直接引用であれば、次のように訳せます。

Commenting on the successful launch, prefectural governor Katsusada Hirose said, “This result gives momentum to our plans to launch from Oita (in 2022). We will continue to work toward our target.”

もしくは、次のような形でパラフレーズすることも考えられます。

Responding to the successful launch, prefectural governor Katsusada Hirose said that the result will give momentum to the prefecture’s plans to carry out a launch from Oita in 2022, and said that the prefectural government will continue to work toward our target.

それでは次の例はどうでしょうか。

日本は「米中間のバランスをいかに取るべきか」と最近よく聞かれる(以下、省略)(『ニューズウィーク日本版』2021年1月26日号より)

この例はパラフレーズです。「米中間のバランスをいかに取るべきか」という表現が実際に使われたかどうかは分かりませんが、それはさほど重要ではありません。このような場合に、英語で引用符(“”)を使うことはありません。

How should Japan steer a path/maintain balance between China and the United States? This is a question that many people are asking recently.

このように、日本語のカギ括弧(「」)を英訳する場合、それが直接引用か間接引用かで訳文が変わってきます。次回はカギ括弧(「」)の英訳を別の側面から考えます。



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ポール・ウォラム(Paul Warham)

イギリス出身。オックスフォード大学、ハーバード大学で日本文学を研究。英語の旅行ガイドブック記者、翻訳会社勤務を経て、現在はフリーランス日英翻訳者として実務翻訳から出版翻訳まで幅広く活躍。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース講師。

【続きはこちらから】カギ括弧をどう訳す?――「後編」

 

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