英語以外の言語の翻訳事情や、仕事のエピソード、スキルアップ情報などを、翻訳者がリレー形式で紹介します。今週は「ベトナム語ホンヤクの世界」後編です。ご自身のパフォーマンスに自信をなくしてしまった、ベトナム語翻訳者・通訳者の小尾晴さん。はたして、その壁をどのように乗り越えたのでしょうか?
就職して会社員の道へ
【まずは前編をおさらい】
私は学生時代の研究でフィールドワークをしていたこともあり、実際に経験して五感を通して理解するということをとても大切に思っていました。逆に体感したことがないことを理解し、解釈して伝えることは私には難しいため、翻訳に自信が持てないんだなと思いました。
「翻訳で向き合っている原稿の背景にある世界を、体感して理解してみたい。それ自体面白そうだし、今後翻訳を続けるとしても、きっと役にたつだろう」そう思った時に縁があって、最初の会社員としての就職をしました。
この時、既に30歳。採用して下さった会社には感謝しかありませんが、そこで私を助けてくれたのもベトナム語でした。まだ未開拓だったベトナム市場を開拓するのに、必要に応じて語学を使って対応できる人員が必要ということで、雇ってもらえたのです。
初めての就職先は金融業界でした。ベンチャーキャピタルです。投資を必要としている企業を訪問し、状況を理解し、出資の決定までのプロセスを進め、その後のフォローをする。
全く新しい仕事に取り組む中で、ようやく、駆け出し翻訳者だった時の疑問が解けてきました。企業の仕組みがどうなっていて、どうやって価値を生み出しているのか。金融業は様々な業種の企業に触れられますし、ビジネスを理解するのに現場の視察やインタビューもしますので、その点も良かったと思います。
また、当時はベトナム民間企業の黎明期でもあり、多くの希望と野心に溢れた経営者とお話できたことも得難い経験でした。また、ビジネスの現場でベトナム語を使って仕事をしたことで、現場でどういう言葉が使われているかなども肌で理解できたと思います。
また、フリーランスだった時に同業の先輩に指摘してもらった「強み」は、会社でも通用しました。
上司から褒めてもらった点も、全く同じだったのです。
「稟議書などの文章をしっかり書ける。ミスが少ない。人の話や文書の内容を誤解せず理解できる。」
誰でもできそうなことばかりですが、それでも評価してもらえたことが嬉しくて、大事にしようと思いました。
そして、日本に帰国し、またフリーランスに。更に出産後、会社員として、今度は教育業界で働きました。
今はまたフリーランスに戻り、それまで会社員として勤めていた企業から仕事を受託しつつ、翻訳の仕事も続けています。こんな風に自分のライフイベントに合わせてワガママな働き方ができたのも、ベトナム語と「強み」のお陰だったと感じています。
翻訳に役に立っている会社員経験
1) 理解するための基盤ができた
企業の中と外を行き来しながらベトナム語の翻訳をしてきて良かったなと思うのは、翻訳する原稿の内容について、それがベトナム語のものでも日本語のものでも、ビジネスのものでもそうでないものでも、必ず理解できるという自信を持てるようになったことです。「わからない、どうしよう」と不安になることは無くなりました。
もちろん全ての業界・世界を知っているわけではありませんし、むしろ知らないことだらけなのですが、わからないことに出会っても「どれどれ、どういうこと?」と興味を持ちつつ、フラットな姿勢で対応できるだけの自信や基盤ができたと思っています。
2) クライアントの視点を持てた
もうひとつ良かったと感じるのは、翻訳を依頼する側に立つことができた、ということです。
企業に就職する前は、目の前の原稿をいかに正確に訳すかだけにフォーカスしていました。しかし企業で働いてみて、依頼するクライアントには、その翻訳を必要とする目的があるということを知りました。
クライアントにとって翻訳自体は決して目的ではありません。その翻訳を使って何かをしたいというビジネス上の目的があり、そこには必ずその翻訳を読む相手がいます。その相手に何を伝えたいのか、伝えた上でどんなアクションを期待しているのか。そういった目的を実現するために翻訳がある、ということです。
当たり前といえば当たり前ですが、翻訳を依頼される時に必ず教えてもらえる情報ではないので、私はできる限り尋ねるようにしています。
例えばある企業のホームページを翻訳する場合を考えてみましょう。
目的は、その企業の商品をベトナムのお客さんに知って欲しい、その素晴らしさを理解してもらって、買って欲しいということかもしれません。
ただ字面を追って訳すというだけではなく、お客さんにその商品の素晴らしさを知ってもらう、そして欲しいと思ってもらうために訳すと考えると、どんな文体でどんな言葉を選ぶのが適切なのか、判断しやすくなると感じています。
私は読み手の姿を想像し、右肩後ろ位に実際の読み手がいてパソコンを覗き込んでいるようなイメージを持ちながら、翻訳作業をしています。翻訳作業に集中する自分自身の視点以外に、俯瞰の視点を持てるような気がしています。
結論:外国語で広がる世界を楽しもう
私が通訳翻訳者として働いてきた20年ちょっとの間でも、ベトナムと日本をめぐる状況は大きく変わってきました。20年前、日本に住むベトナム人の数は1万人程度でしたが、2020年現在は42万人を超えています。
ベトナムにある日本商工会議所に登録する日系企業の数も、私がベトナムで仕事をしていた2010年頃は800程度だったと記憶していますが、今はハノイ ・ホーチミン市・ダナンの3ヶ所合わせて2000社に迫る勢い。両国はグッと身近になりました。
ベトナム語を学び仕事で使う人間として、これだけ両国の関係が深まってきたのは嬉しいことだと感じています。翻訳を含めて、ベトナム語への需要も増えてきていますし、多様になっていると感じています。
状況が大きく変化する中で、どうやって翻訳の仕事を続けていくかは大きな問題ですね。気になること、気にすることは本当にたくさんありますが、大切なことを一つだけ選ぶとしたら「楽しむ」ことではないでしょうか。
私も仕事を巡って、たくさんの試行錯誤を続けてきましたが、根底にある思いは「楽しみたい」でした。
そのために「自信を持って良い仕事をできるようになりたい」と思いました。それには何が必要かな? と考えて試し、数少ない自分の強みを磨くよう努めて今に至ります。
失敗も色々していますが、全部経験になっているし、以前より仕事が楽しいと感じています。これからもベトナム語を使って広がっていく世界を楽しみながら、仕事を続けられたらいいなと思っています。
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