世界各国の大学機関では、次世代の優秀な通訳者・翻訳者を世に送り出すべく、さまざまな独自の取り組みをしています。今回は、そんな大学の中から、アメリカのミドルベリー国際大学院モントレー校の取り組みについて、同大学の日本語翻訳・通訳プログラム主任を務めるラッセル秀子さんにお伺いしました。
- アメリカ国内の通訳・翻訳マーケットの現状と将来について
- ミドルベリーならではのプログラムの概要や特長
- 大学で通訳・翻訳を学ぶ意義とは
- 修了生の進路について
- ミドルベリーの今後の展開や展望
- 通訳・翻訳を学ぶ人へのメッセージ
アメリカ国内の通訳・翻訳マーケットの現状と将来について
社内通訳・翻訳はコロナの影響でやはりリモートになったところが多いようです。フリーランス通訳については、大型・対面の案件が中止になり難しい時期が続いていますが、少しずつ戻ってきているという見方もあるようです。
翻訳はコロナ禍でもそれほど影響は見られていません。特にオンラインコンテンツの需要が増えたせいか、企業向けの動画やイベントの字幕など、分野によっては受注量も増加したようです。
今後については、私見ですが通訳はリモート化・ボーダーレス化が、翻訳は「自動翻訳+ポストエディット」化が引き続き進むでしょう。そのなかで、優秀な通訳・翻訳者だけが生き残る時代が来るのではと思います。
ミドルベリーならではのプログラムの概要や特長
ミドルベリー国際大学院モントレー校(MIIS)はカリフォルニア州モントレーにあり、1955 年に創設された専門職大学院です。通訳翻訳科は2年間の修士課程で、1年次には通訳・翻訳の基礎訓練を行います。2年次は、「会議通訳」「翻訳・通訳」「翻訳」「翻訳・ローカリゼーション管理」の4つの専攻に分かれます。日本語だけでなく、スペイン語やドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語、韓国語プログラムがあります。教授陣は実務家が大半で、雇用市場に即した実践的な指導を行っています。また、1・2年目の終わりにはそれぞれ進級試験と卒業試験があり、厳しい合格基準を課しています。
大きな特徴としては、まず少人数制(1クラス12人以下)なので、学生一人一人のスキルを把握し、きめ細かい指導ができることです。また、英・日の両ネイティブがいるので、お互いにフィードバックができるのもメリットでしょう。さらに全言語共通の講義があること、インターンシップ・就職に焦点をあてた実務能力の育成・サポートなども強みです。全言語の学生が実際の講演・イベントなどを同時通訳する通訳実習の授業では、まさに現場に即した経験を積むことができます。このほかにも、特に留学生の方たちにとっては、短期間で高度なスキルが効率的に身につくこと、また卒業後アメリカで就職できることなどが大きな魅力だと思います。
大学で通訳・翻訳を学ぶ意義とは
やはり、アカデミックな環境で体系的かつ集中的に通訳・翻訳を学べることでしょうか。通訳・翻訳のAI化が取り沙汰されて久しいですが、確かに単純な構造の文章を訳す場合は、AIなどに取って代わられるでしょう。ですが人間にしか訳せない仕事も確実に多くあり、これは絶対になくならないはずです。こういった高度な知識を持ち、質の高い訳出ができるスキルを備えた通訳・翻訳者を専門職大学院で育成できることについては、本学もある程度の評価をいただいてきたと思います。
こういう時代だからこそ、差別化を図るためにもコンピタンスとリテラシーをしっかりと身につけた優秀な通訳・翻訳者の養成が望まれると思います。
修了生の進路について
当学には就職課があり、年に一度キャリアフェアを開催するなど、学生のインターンシップと就職を支援しています。日本語プログラムの卒業生の就職率はほぼ100パーセントです。
卒業後すぐにフリーランスとして活躍している人もいますが、まず就職してキャリアを積もうとする人も少なくありません。就職先としては、国際・政府機関のほか、グーグルやLINEなどIT企業、あるいはメーカーや製薬企業、ゲーム企業、金融機関、教育機関など多岐にわたっています。いずれも通訳・翻訳の修士号を条件にしているところが少なくないようです。
ミドルベリーの今後の展開や展望
3月中旬、本学はコロナの影響で完全オンライン化に踏み切りました。教育を止めてはならないという必死の思いで、教員は10日間でオンライン授業の準備を整えました。現在もオンライン授業を実施中です。学生たちは、モントレーをはじめ、日本や東海岸などから熱心に授業に参加しています(授業はオンデマンドではなくライブ)。新入生の数は例年より多く、勉強したいという強い思いが画面の向こうからひしひしと伝わってきます。特に通訳については、今後引き続きリモートの仕事が増えることが予想される中で、オンライン環境での作業スキルを強化し、訓練を受けていることは、学生にとって将来大きな強みとなるでしょう。
もちろん、リアルで会えないという欠点はありますが、逆にモントレーに引っ越さなくても勉強できる点をメリットだととらえ、入学を決めた人もいるようです。この2020年をきっかけに、本学だけでなく高等教育全体がボーダーレスの方向に大きく変わっていくだろうと私たちは考えています。
通訳・翻訳を学ぶ人へのメッセージ
この仕事の一番の魅力は、さまざまな人や職業に触れることで、自分の世界や視野が広がることだと思います。そうやって身につけた俯瞰的なものの見方が、変化の激しい今の時代において、とても役立っていると感じています。
私自身も本学の卒業生です(92年卒)。人と人とのコミュニケーションを助ける仕事をしたいと考え、翻訳・通訳を学びたいと思ったのです。自分自身や卒業生の経験から実感するのは、2年のあいだ通訳・翻訳漬けの学生生活を送ることで、仲間と深い信頼関係が生まれるということです。さらにこういった学校で出会った仲間は、確実にその後のキャリア人生において、かけがえのない頼もしい財産になってくれます。みなさんもそんな出会いに恵まれることを願っています。
翻訳者。聖心女子大学卒、米国ミドルベリー国際大学院モントレー校修士課程修了。現在、同大学院助教授。主な訳書は、M・ポーラン『雑食動物のジレンマ』(東洋経済新報社)、D・ナイワート『ストロベリー・デイズ――日系アメリカ人強制収容の記憶』(みすず書房)、L・ヒレンブランド『不屈の男 アンブロークン』(角川書店)。
■ミドルベリー国際大学院モントレー校の4つの「翻訳・通訳プログラム」の詳細はこちらから
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