第3回 フランス――フランス語の「訛り」【世界の通訳事情】

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このコラムでは、海外に在住し、現地で活躍する日本人の通訳者が、海外ならではの通訳事情やエピソードについてリレー形式でお話します。今回はフランス在住、フランス語通訳者の大関達哉さんです。

地域による「訛り」

フランスは、何でもパリが中心の典型的な中央集権の国です。言葉の面でもパリで仕事をしている限りはほとんどパリ訛りしか耳に入ってこないので、一度慣れてしまうと非常に楽ですが、出張となると、このぬるま湯からの突然の脱却を強いられます。

 

南仏訛りはラジオなどでも聞く機会が多いですし、またスイスやアルザスの独特のイントネーションも集中して聞けば理解できるのですが、ケベックの人たちにはかなり苦労させられます。

 

またアフリカではマグリブ諸国やマダガスカルのように、ほぼ全国民が共有している言語があるため、フランス語を話すのは教育を受けた人のみという国の場合には、パリの言葉に近いフランス語が維持されているので理解に支障はありません。しかし、国レベルでの共通語が存在しない国ではフランス語が共通言語として市井の人々に使われることにより特異な発展を遂げているようで、発音も表現も同じ言語とは思えないほどです。

各民族独自の思考方法による「訛り」

もうひとつ、言葉の「訛り」と呼べるものに、各民族がそれぞれの歴史・文化・教育制度を通じて培ってきた独自の思考方法や論理があります。

 

フランス人、特に我々通訳者が訳す機会が多いエリート層の人たちは論理や話し方が金太郎飴のようで、次に言うことが予測できることが多いのですが、これが一度国外に出ると全く通用しません。フランス語を話しても、例えばアフリカ人の論理がフランス人には理解しにくい理由の一つだと思います。

 

ただし、アフリカ諸国は、政治制度や行政機構がフランスの植民地時代に作られたものなので分かりやすく、逆にスイスやベルギー、ケベックなどではフランスと同じ制度名や機関名でも内容が全く違うことがあるので、一から勉強しなおさなければなりません。
更に省庁や公的機関、大企業などで使われる社内用語、それに業界用語も「訛り」の一種でしょう。

 

このような「訛り」を超越して適切な通訳をするためには、もちろん資料を読みこんだりビデオを見たりして準備するのが王道だとは思いますが、私は業務前にはできる限りその業界や国の人に「成りきる」ようにしています。通訳者のパフォーマンスの少なからぬ部分が心理的要素だと思いますし、また現場のシチュエーションに没入することにより、当日必要な思考回路が活性化されるような気がします。実際そのようにして、前回同様の状況で訳しにくかった内容や、そこでしか聞いたことのない用語を思い出すことも稀ではありません。

 

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世界遺産 モン・サン・ミッシェル

(注)この記事は2015年10月に通訳技能向上センター(CAIS)のウェブサイトに掲載されたものです。

 

大関達哉
大関達哉(おおぜきたつや)

早稲田大学、パリ第1大学、パリ第10大学で文学、哲学、法学を学ぶ。翻訳会社勤務を経て1992年よりフリーランス通訳者。パリをベースとし、主としてフランスとその近隣国、およびアフリカ諸国で通訳業務に従事する。