第1回 音とかたちと意味【通訳の現場から】

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通訳現場での様々なエピソードや通訳マーケット事情などについて、通訳者がリレー形式でお届けする「通訳の現場から」。第1回は、通訳教育に尽力され、会議通訳、放送通訳者として活躍中の鶴田知佳子さんが、放送通訳の現場でのエピソードについてお話しします。

放送通訳にたずさわっている私は、常日頃より「音声」により情報を伝える場合には「声」の抑揚、アクセント、トーンを活用したら良いのではと考えています。もう一つ大事なのが画面との整合性です。会議通訳の場合でも、同時通訳の音声がパワーポイント資料とぴったりと合っている必要がありますが、放送通訳の場合は映像が理解を補完することが多々あります。さらに言えば、音声を聞いた視聴者が頭の中で想起するに違いないイメージに合っている必要があります。

 

通訳と翻訳のいちばんの違いは、訳出して等価の情報を伝えるのに文字だけでなくて音声を使えるかどうか。ここが面白くもあり、難しくもあり、やりがいでもあります。音とかたち(文字)と意味が、元の言語から別の言語へと訳出されるときに、どれだけそろって置き換えられるか。英語と日本語のように文法構造も語彙も大きく異なっている言語間の訳出の場合は、これが大きなチャレンジです。例をみてみましょう。

Pun(ことばあそび)をどう訳すか

アメリカのあるニュース番組の放送通訳を担当していたときのことです。番組はいわゆる時差通訳で、前半の5分担当、後半の5分担当として二名の放送通訳者が担当します。後半担当のときは日頃よりもさらに気合いを入れて臨みました。理由は、番組の最後の項目に司会者が必ずといっていいほどpun (ことばあそび)を入れているからです。

 

ある日の放送で、ギネス世界記録となった花火が話題となりました。花火と聞くと、連想ゲームのように私の頭の中に浮かぶのがビートたけしの映画ですが、この司会者の頭に浮かんだのは2010年のKaty Perryのヒット曲『Firework』でした。しかも、そのレポート全体が『Firework』の歌詞にちなんだつくりになっていたのです。例えば、次のくだりです。

"onlookers in Colorado were left in awe, awe, awe. It was even brighter than the moon, moon, moon" 

歌のリフレインではoh, oh, oh なのですが音はあっていますし、”brighter than the moon, moon, moon”は歌で使われているのとそっくり同じです。

 

エンタテイメントに格別詳しくもない私、この部分を最初にみたときにはまだこの歌だと気づかなかったのですが、その後の以下のレポートがヒントになりました。

"critics might have called it a waste of space…but it would be `okaty’ to say it was ‘perry impressive’"
"If you’re not familiar with that song, those puns are a total dud"

何とか意図することはつかめましたが、通訳者の仕事は自分が理解できることではありません。それをいかに効果的に伝えられるかが重要なのです。

リズム感を訳出で表現する

"were left in awe, awe, awe" や"moon, moon, moon"と繰り返されているところと、"critics might have called it a waste of space" のあたり、日本語でもそのリズム感を表現するにはどうしたらよいのか。詩やキャッチフレーズなどでよく使われる頭韻(alliteration)を使ってみたらどうかと思いました。早口言葉にもよく使われますし、私が好きな『My Favorite Things』 の出だしの歌詞、"Raindrops on roses "のようにrが連続して聞こえる部分、日本語でも例えば「桜咲く」のようにです。

 

元のレポートでは頭韻ではなかったのですが、訳出の際は、せめて視聴者の頭に何か音が残るようなリズムにしようと思い、若干、ラップ調にして雰囲気を出しました。

 

「かたち」をそのまま移せなくても、せめて「雰囲気」だけでもというささやかな工夫でしたが、それでも無駄な抵抗であったのではないか、これで良かったのか、もっとうまくできたのではないかという心残りがあります。

 

"it would be 'okaty’to say it was 'perry impressive'"のところは、「『オーケーティ、ペリーグッド』と言われたことでしょう」と訳しました。"perry impressive" は"impressive" を"good "に変えましたが、「ベリーグッド」という英語は視聴者も聞いたことがあるでしょうし、肝心なのはこの歌手の名前が視聴者に「聞こえる」ことです。もちろん、声で歌手の名前のところを強調して発音して、ちゃんと聞こえるようにしました。さあ、私の通訳は「ベリーグッド」と思ってもらえたでしょうか。

 


Katy Perry - Firework (Official)

CPDを心がける

通訳の仕事を私が気に入っているのは、毎日が常に新しく、違う素材の中から新しい発見があるからです。マンネリにはなりません。毎日が新しい。でもそれは同じことを繰り返していたら楽に仕事ができるようになるというものではない。そういう通訳の仕事の上達のためにどういう心がけが必要でしょうか、と聞かれたら私はこう答えます。CPD (Continued Professional Development) を心がけること。

 

何年通訳者をしていても、仕事内容は毎日違い、必ずしも経験がそのまま役立つというわけではない。しかし、一度担当した仕事が次へとつながるためには、その仕事を的確に分析する力を養う積み重ねが大事ではないかと考えています。それは日常生活の中でもできることではないかと思います。この表現はいいな、と思える表現にであったら(私はいまだにアナログなので、手書きでノートに)英語でも日本語でも書き留めておきます。また、私はフィギュアスケートが好きで、世界のトップレベルで競う選手権をテレビで観戦します。すると、これは芸術なのか、技術なのかと思うほどトップ選手は洗練されています。かたや芸術にはほど遠いですが、せめてジャンプは正確に飛べるように、軸は傾かないようにという技術の部分は練習の積み重ねによって積むことはできるでしょう。

 

それだけではなくて、優れた選手は皆やっていることと思いますが、常に自らを振り返って次につなげることをしていくのがおすすめです。仕事に行く前に事前準備が大事なのは言うまでもありません。できる限りの準備をする大切さは多くの人が説いていますが、それと並んで終わった仕事の復習、さらにもっとうまくできたかもしれないという反省とその上を目指す努力を苦しみながらではなく、できれば楽しみながら行いたいと日頃から考えています。

 

鶴田知佳子
鶴田知佳子(つるたちかこ)

東京女子大学教授、東京外国語大学名誉教授、会議通訳者。NHK衛星放送、CNNなどの放送通訳者。CFA(アメリカ公認証券アナリスト)。AIIC(国際会議通訳者協会)会員。

上智大学外国語学部フランス語学科卒業、コロンビア大学経営学大学院修了。MBA(経営学修士)取得。

金融業界で10年の勤務経験の後に通訳者となり、目白大学助教授を経て現職。フランス語学科卒業でイタリア在住経験もあり、英語のほかフランス語イタリア語も話す。NHK「英語でしゃべらナイト」監修のほか、共著に「よくわかる逐次通訳」(東京外国語大学出版会)、「Let's talk business! 『何とぞよしなに』って、英語で言えますか?」(NHK出版)「世界の英語」「英米リーダーの英語」(コスモピア)などがある。

 

★声の抑揚、アクセントで訳出をより効果的にするヒントは、こちらの記事にも!


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