第2回 辞書には辞書の効能と限界がある【訳文作成のヒント】

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ひとつの工夫で、より理解しやすくなったり、自然な日本語になったりする。訳文作成には「ヒント」があります。サイマル・アカデミーの講師も務める翻訳者・三木俊哉さんが、全4回の連載を執筆。第2回のテーマは、辞書との付き合い方です。

翻訳という作業は辞書なしには成り立たない。そう断言して差し支えないでしょう。知らない単語が出てきたとき、まずは想像してみるとしても、最終的には辞書にあたるしかありません。通訳者は仕事の現場で辞書を引くわけにはいきませんが、翻訳者は仕事中におおっぴらに辞書を引けます。紙の辞書であれ、電子辞書であれ、ネット辞書であれ。

辞書の効能

辞書の効能をあらためて考えてみます(ここでは主に英和辞典を想定します)。やはり、知らない単語や熟語の意味を教えてくれるという当たり前のところへ行き着きます。arthritisって何? とか。あと大きな辞書だと、たとえば動詞の基本的な使い方を例文とともに確認することができます。depriveという動詞はdeprive someone ofのように使うのだよ、とか。

 

簡単な英単語でも、念のためにあらためて引いてみると、たとえばnot A or Bのようにorが否定文で使われるときは「AでもBでもない」という意味だとわかり、いまさらのように納得できたりします。熟語もクセモノで、pull offがsucceed inに近いなど、辞書で教えてくれないかぎり想像すらつきません。辞書から学ぶことはいろいろあります。

 

ただ翻訳という作業は、辞書に出ている訳語候補をざっと見て、「よし、2番を使おう」、次の単語を調べて「3番を拝借」という具合に、右のものを左にパタッパタッと変換していけばすむ話ではありません。

 

辞書の限界

辞書は原則として単語ごとに項目をたてるので、その単語・・・・をどう日本語にできるかを示します。でも、われわれが書いたり話したりするのは、単語どまりではなく、それが連なった文や文章です。いわば生きた言葉です。すると、辞書で示された訳語をそのまま当てはめて翻訳がうまくいくとはかぎらなくなります。

 

ほんの一例ですが、

 

・This software provides a tool for users to share videos and photos.

 

という文があったとします。

 

provideの典型的な辞書訳語は「提供(供給)する」なので、たとえば次のような訳文ができます。

 

(1) このソフトウェアは動画や写真を共有するためのツールを提供する

 

とくに問題のある訳文ではありません。意味も通じます。問題はありませんが、この場合はおそらくsoftware = a toolと考えられるので、次のように訳すことも可能です。

 

(2) このソフトウェアは動画や写真を共有するためのツールとなる

 

翻訳にはコンテクスト(文脈)がつきものなので、上のような一文だけを取り上げて、(1)と(2)のどちらがよいかなどと論じることに意味はありませんが、少なくとも「提供(供給)する」以外の訳し方もできることがわかりました。

 

(2)の訳文でprovideに相当する部分をあえて指摘するなら、「となる」。でも、辞書のprovideの訳語に「となる」はまず入っていません。じゃあ入れたほうがいいかというと、辞書に求められる機能としてそれはどうかという気もします。それをやりだしたらキリがありません。

 

辞書には辞書の機能や効能があり、同時にそれゆえの限界もあるということです。counter-intuitiveを辞書が「直観に反した」と書くのは道理ですし、それが辞書の果たすべき機能だとしても、生きた言葉ではたんに「意外な」としたほうがよい場合もあるでしょう。regularlyを辞書が「定期的に」としていても、実際の文脈では「頻繁に」くらいに訳したほうがふさわしい場合もあるでしょう。

 

よりかからず

ただし、なんでもかんでもすぐ辞書を頼り、辞書に手を伸ばしていると、われわれの想像力や洞察力を損なう結果になりはしないか? 自戒をこめてそう思うことがあります。ネット検索もそうです。ちょっとわからない箇所があると、迷わず無条件に依存する。でも、依存体質はひょっとしたら、われわれの本来的な翻訳体力のようなものを知らないあいだに奪っているのではないか?

 

カーナビや地図アプリにばかり頼っていると、地図を読めなくなり、いざ迷ったときに途方に暮れるしかなくなります。それと同じで、辞書や検索も、まずはちょっとこらえてみるほうがよいのかもしれません。私自身、意識的に何度かそのようにしてみたときは、脳の違う部分をずいぶん使ったように感じました。なにしろ辞書やネットを調べず、自分の頭でうんうん考え、想像・推察するしかないので(もちろん最終的には調べるのですが)。スピードや効率も意外に下がりませんでした。

 

辞書は、その効能と限界をふまえたうえで、ほどほどに活用しよう。それが今回の、まあ平凡といえば平凡な結論です。

  

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三木俊哉(みきとしや)

京都大学法学部卒業。企業勤務を経て翻訳業。産業翻訳(英日・日英)および出版翻訳に従事。訳書に『ストレッチ』、『神経ハイジャック』、『スノーデンファイル』、『世界はひとつの教室』など。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース講師。 


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