第1回 「の」は深い【訳文作成のヒント】

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ひとつの工夫で、より理解しやすくなったり、自然な日本語になったりする。訳文作成には「ヒント」があります。サイマル・アカデミーの講師も務める翻訳者・三木俊哉さんが、全4回の連載を執筆。第1回のテーマは、日本語の助詞「の」です。

いきなりのピンポイントなテーマで恐縮ですが、翻訳を含め日本語の読み書きをしていると、「の」という語は深いなぁと感じることがあります。たとえば以下をご覧ください。

1. (a) アフガニスタンの歴史 (b) アフガニスタン歴史
2. (a) アフガニスタンの略史 (b) アフガニスタン略史

1の場合は(b)だとなにか変です。でも、2の場合は(a)も(b)も許せるような気がします。「仕事のスタイル」と「業務のスタイル」でも、前者は「の」をとると違和感があるのに、後者は「の」をとっても問題ない。こういう例はほかにもいろいろあるので、よければ探してみてください。

 

ずいぶん前のことですが、ネットでニュースを見ていたら、

・本田のミラノ移籍「あとはクラブ間の問題」代理人の兄明かす

という見出しがありました。なぜ代理人本人ではなく兄が明かすのか、と不審に思いながら本文を読むと「代理人を務める兄の弘幸氏」とあり、謎が氷解。「代理人の兄」とはこの場合、「代理人である兄」のことなのでした。

 

翻訳でついやりがちなのが、

・米国における緩和政策の展望

のような表現。原文にquantitative easing policy in the USなどと書かれていたことが想像されますが、この日本語は次のようにもっとスリムにできます。

・米国の緩和政策の展望

やはり「の」が登場してきました。

 

ただし「の」の3連続は避けるべしという不文律が(たぶん)あって、

・昨年のイベントの興奮の再現だった

という表現は、

・昨年のイベントで経験した興奮の再現だった
・昨年のイベントの興奮が再現された

のように直すことができます。

 

2連続の「の」でも不自然に聞こえる場合があって、

・プロセスの変更の成功には不可欠である

というのを、

・プロセスの変更を成功させるには不可欠である

のように直すこともあります。

 

なんだか重箱の隅をつつくような話かもしれませんが、翻訳者はときにこういう非生産的(?)なことを考えたりもしながら仕事に取り組んでいます。半分は楽しんでいるのですけれど。

 

(注)この記事は、2013年8月に「サイマル翻訳ブログ」に掲載されたコラムを編集したものです。

 

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三木俊哉(みきとしや)

京都大学法学部卒業。企業勤務を経て翻訳業。産業翻訳(英日・日英)および出版翻訳に従事。訳書に『ストレッチ』、『神経ハイジャック』、『スノーデンファイル』、『世界はひとつの教室』など。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース講師。



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