Research, Write, Repeat――翻訳者の日々【翻訳者リレーコラム】

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スキルアップのために必要な知識や情報、日々の仕事での失敗や成功のエピソードなどを、英⇔日翻訳者がリレー形式で執筆します。今回は酒井由利子さんが語る翻訳者としての日々。ドキッとする冒頭の見出しからどのようなお話が飛び出すのでしょうか?

和臭を排する

日本の古代では正式な公文書が中国語(漢文)であった時代が長く続きましたが、日本人の書いた漢文には特有の言い回しの癖があり、これを「和臭」というそうです。

 

最近の研究では『日本書紀』の場合、文章をよく見ると、渡来人(native)の書いた部分と日本人の書いた部分が明確に区別でき、複数人が執筆に関わったことがわかるとのこと。

 

要は同じ漢字を使っていても、日本人が中国語(漢文)を書く際、文法的に間違いとは言えないものの、「中国人ならそのような言い方(書き方)はしない」という言葉の使い方をしてしまうことが多かったようです。
言うまでもなく現代においても日本語-英語間でも同じ問題は常につきまといます。

また言語というのは英語も日本語も常に変化しています。特に英語はまさにグローバル言語であり変化が激しい。日頃参考にする海外のビジネス関連文書にも「いかにも今風の言い方」が散見されます。逆に多くの辞書には「古くて今はだれも使わなくなった表現」が依然として羅列されています。

私の場合、Japanese to Englishのビジネス文書の翻訳にフリーランスとして従事し始めて20年ぐらいですが、業として翻訳をやる場合、一番大切なことはまず納期を守ること、文書の背景にある事実把握に齟齬がないこと、そして論理的につながっているものを書くことですが、それは最低線の必要条件に過ぎないかもしれません。

英語で文章を書く際の大切なポイントはtone, diction and grammarですが、翻訳としての品質を高めるにはこの3点をしっかりわきまえて、可能な限り「自然な現代英語にする」、即ち「和臭は排する」というのが究極の要請であると考えています。

卑近な例では、「日本の社会一般の方から多くの支援を受けて」という文章を英語にする際、例えば“support from Japanese ordinary people”とか、“support from Japanese society” はいずれも論外です。ここは“support from the Japanese communityとしなくてはいけません。

また翻訳の仕事をしていると、しばしば自分の頭の中には入っていない気の利いた表現にぶつかります。例えば日本人・アメリカ人が入り混じったあるビジネスの会議(注:私は事後的に議事録作成のためテープをベースにして日本語による発言部分の英訳をおこないました)におけるアメリカ人エクゼクティブの発言に“While I appreciate your optimism, …”という出だしで始まるものがありました。「これは後で使える。頭に刻み込んでおこう!」となる訳です。

言葉探し→訳出→繰り返し

しかし毎日の翻訳という作業においては、原文の日本語に対応する英語が「一対一」対応のように自分の頭から自動的に出てくるわけではありません。翻訳に際し日本語にピタッとした対応する英語がすぐに思い浮かばないときは、「言葉を探す」という作業に相当の時間がかかります。

ネット(Googleの検索エンジン、アルクの「英辞郎 on the WEB Pro」等)やその他様々な辞書で言葉を探す作業を徹底的に行うと、いくつか候補が出てきますが、その多くはしっくりしません。「単語の原義からみて使えない」、「このコンテクストでそういう言い方は聞いたことがない」、「半世紀前はそう言ったかもしれないが、最近そういう言い方は聞かない」、「いかにも日本人が書いた英語で、英米では普通そういう言い方はしない」等々。

結局使えそうな候補一つを見つけるか、あるいは当たらずとも遠からずの候補から想像力を働かせて自分なりに何かを捻り出だす、という作業が続きます。そういったプロセスによりピッタリした最適な英語の単語・表現は一つに絞られてくるわけです。

英語力の源泉

結局、数多くの候補の中でコンテクスト、文章のtoneに合わせどれを選ぶか?最適な言葉、表現を選ぶという判断作業のベースとなっているものは自分自身で今までに蓄積した英語に対する感覚・知識量に頼るしかありません。

自身の生い立ちとして、学校教育を英語で受けた期間も長いし、英語圏での生活は通算20年弱となり、日英のネイティブを自称しています。「ならば翻訳なんて簡単でしょう」とよく言われますが、こと翻訳に関してはある程度経験を積んだ現在でも、すべていつも右から左へ、スラスラ翻訳できているわけではなく、上述の作業の繰り返しで成り立っています。

また私の周りには私と同じように海外経験の長い方でも、日常会話は別としてそれほど日本語・英語とも得手ではない方もおられるし、逆に日本育ちの方でほとんど海外経験がない方でも、ネイティブ並みに英語を使いこなせる方も数多くおられます。

私なりの結論としては、このような英語力というか翻訳に必要な感覚の違いというのは、単純なことですが、英語をどれだけ多く読んでいるか?」にかかっているということです。

翻訳者の日々

私の場合、幸いにして数多くの本を読んできたし、今も読んでいるという自負があります。十代から雑誌『The New Yorker』を定期購読していますが、その中で紹介されているフィクション、ノンフィクションで面白そうな単行本を月に3、4冊買って来ては(最近は「kindle」です)読むという生活を長年繰り返しています。特に『The New Yorker』は私の好きな作家が書く短編作品もよく掲載され、映画、音楽の最新情報に加え、政治・経済・社会に関わる時事問題のレポートも多く、まさに現代英語を通した形で現在進行形のアメリカの雰囲気がよくわかります。

今も日中は翻訳の締め切りに加え家事や雑事に追われる毎日ですが、夜になり時間が空けば「Netflix」や「Amazon Prime」で最新の英米のテレビ番組や映画を見て楽しみ、寝床に就いてからは『The New Yorker』や本を読んで気分転換し、そしてまた明日への英気を養う、ここしばらくの生活パターンです。

 

 

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酒井由利子(さかいゆりこ)

国際基督教大学大学院修士課程修了。銀行勤務を経て、フリーランス翻訳者に。翻訳歴通算20年。日英ビジネス翻訳全般。得意分野は経営・会計(特にIFRS関連)、IR全般、金融、税務(特に移転価格関連)、政治、文化、料理、等。


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