聴衆に対して説得力のある通訳をするため、スピーチの訓練を行う通訳者は多いものです。今回の「小松達也アーカイブス」では、そんな通訳とスピーチの密接な関係についてご紹介します。
通訳とスピーチの密接な関係
人前で話すいわゆる「パブリック・スピーキング」は社会人にとって有用な技術です。通訳は常に人の前で話す仕事ですから、通訳者もパブリック・スピーカーとしての心得を持っていなければなりません。たとえ訳が良くても、通訳者が下を向いてぼそぼそと話していたのでは決していい通訳とは言えないでしょう。この意味で、パブリック・スピーキングは通訳者の訓練の大切な項目のひとつです。
以前、サイマル・アカデミーの会議通訳コースのクラスでは生徒さんによるスピーチを教材にして同時通訳する訓練を行っていました。スピーチは母国語でするのが原則ですが、3人の英語が得意な人には英語でしてもらいます。5つのテーマを決め、そのうちの1つを選んで10分間の本格的なスピーチをしてもらうのです。生徒さんには事前にリサーチをして、客観的なデータをもとに論理的で分かりやすい話をしてもらいます。十分な準備が必要ですが、原稿を読んではいけません。聞く人の顔を見て説得力のある話をすることが要請されます。通訳だけでなくスピーチの内容と話し方も評価の対象となります。
3、40年前のことですが、私はサン・フランシスコへ行って3日間のパブリック・スピーキングの集中コースを取ったことがあります。話の原稿の準備の仕方、スライドの作り方から質疑応答の処理の仕方など習いましたが、特に話すときの立ち方、ジェスチャーなどいわゆる “physical skills(身体的技術)”の大切さを習いました。常に聞く人の顔を見て聴衆との親近感(rapport)を作り、できるだけ大きな声で分かりやすく話すことです。このことは通訳する場合も非常に大切なことです。聞く人を意識して語りかけるように分かりやすく通訳しようとすれば、説得力のあるいい通訳になります。
アカデミーでは実際の会議や講演からとった録音教材なども使っていますが、世界でもっとも有名なパリのソルボンヌ大学のESIT(通訳・翻訳大学院)では主に学生によるスピーチで通訳訓練をしています。学生が十分準備をして内容のあるスピーチをすれば、国際会議の現場に近い臨場感のある授業ができるからです。このように通訳とスピーチの間には密接な関係があります。通訳者は良い話し手でなければなりません。そのためには内容と話し方が大切です。良い通訳者であるためには、言葉の力だけでなくいろんな要素が必要なことがお分かりいただけたかと思います。
日本語による発言のあいまいさ
ところで、日本語による発言には、直接的でない漠然とした表現の仕方が多く見られます。
例えば東日本大震災のとき、放射能汚染に関する専門家の発言に「何かはっきりしないな」という感じを持ったのは私だけではないと思います。「直ちに健康に影響が出るというわけではない」や「代替手段が無い場合は飲んでもかまわないと思う」というような表現を聞いて「本当に健康に影響が出ないのだろうか」「飲んでも大丈夫なのだろうか」と思った人も多いのではないでしょうか。予期しない事態に直面し、専門家の人たちも自信を持って発言できない状況にあるであろうことは十分わかりますが、もう少しはっきり言う方法は無いものでしょうか。
長年にわたって日本語と英語の間の通訳をしてきた私は、日本語による発言のあいまいさにしばしば悩まされてきました。あいまいさはどの言語にもどの文化にもありますが、誤解のないようにはっきり表現するという性格を持つ英語に対して、日本語あるいは日本人の発言には明瞭さを欠く傾向が強いと感じてきました。日本に対する世界の関心が高まる中、私たちの対外的発信力がますます試されるでしょう。世界に対して積極的に発言する態度と、他の言葉に通訳・翻訳されても誤解を与えないような明瞭な表現の仕方を私たちは学ばなければならないのではないかと思います。
※この記事は2016年1月、サイマル・インターナショナルのWeb社内報に掲載されたものを一部編集し、再掲載しています。
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