通訳現場での様々なエピソードや通訳マーケット事情などについて、通訳者がリレー形式でお届けする「通訳の現場から」。今回は、中国語会議通訳者として活躍中の渋谷千春さんが、長年の経験を経て痛感したという「一番必要なもの」についてお伝えします。
通訳者にとって重要な資質とは
通訳者にとって最も重要な資質は何か。
飽くなき探求心、好奇心、向学心、不断の努力、かつての私ならそう答えたであろう。もちろんこれはともに大正解、模範解答であるに違いない。が、通訳者人生二十数年、今50代の私が、最近一番必要だと痛感しているのが「寛容の心、相手に対する思いやりと節度」である。
会議通訳者の仕事の中で、一番大きなウェイトを占めるのが、事前の十分な準備であろう。実際に会議に使われる資料が出ていない段階でも、やるべき仕事はたくさんある。会議のバックグラウンド、参加者のこれまでの発言、過去の議事録、その分野の最新動向などの下調べがそれだ。
実際には、会議で使われる資料や原稿は、なかなかいただけないことのほうが多い。今でももちろん、そういった際は担当者を通して問い合わせを何度もするわけだが、問題はそのやり方だ。
かけだしの頃は、いわば「直球」しか投げられず、しつこく何度も同じことを問い合わせたり、挙句は当日講演者に詰め寄ったりと、相手の気分を損ねたり、うるさがられたりもした。これでは逆効果である。周りの方が自分のやり方に合わせてくれないことを不満に思って一方的に要求ばかり出していては、協力もあまり得られず、気ばかり焦り、折角懸命に準備をしたとしても、通訳パフォーマンスそのものにも影響を与えかねない。
また、もう一つの笑えない例としては、逆に非常に協力的な講演者の方が、打ち合わせの際に通訳者のために講演内容を一通りお話しくださったのはよかったが、それでお疲れになってしまい、本番では元気のない講演となってしまったこともあった。これでは本末転倒である。
いかなる状況でも、通訳者としてのベストを尽くす
通訳者歴も二十数年。最近は私もやっと、周りの状況を少し客観的に見られるようになってきた。そう、自分以外の周りの方も、一生懸命やってくださっているのである。
たまたま資料が全くいただけなかったり、はたまた、なかったはずの原稿を手に持って、ステージ上でいきなりスピーカーが棒読みし始めても、それ見たことかと怒ったり、動揺してはならないのだ。そんなこともあるさ、それでも与えられた環境、条件のもとで、ベストを尽くして差し上げましょうという心の広さ、度量、しなやかさのようなものこそ必要だろう。
また、講演者の方に気持ちよく講演していただけるよう、通訳者が講演者に過度の要求をするのは控えるべきだと最近は自分に言い聞かせている。
いかなる状況に置かれても、その中で、私は通訳者としてのベストを尽くせばよいのだ。
また、こちらが相手に対する思いやりと節度を持って接すれば、相手が不快になることもなく「この通訳者ならなんとか協力してあげたい」と思ってくれることもあるだろう。
さて、以上分かったようなことを書いたが、実際の現場では自分の意のままにならないことも多く、それに動揺しそうになることもある。まだまだ修行が足りない私である。以上は、まだまだ「直球」な私自身への戒めでもあった。
(注)この記事は2017年6月通訳技能向上センター(CAIS)のウェブサイトに掲載されたものです。
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