英語以外の言語の翻訳事情や、仕事のエピソード、スキルアップ情報などを、翻訳者がリレー形式で紹介します。今回は「韓国語ホンヤクの世界」。前回に引きつづき「オンラインとオフラインの使い分け」の後編です。翻訳ソフトを使うときの注意点や、訳文提出前に行うチェックの方法とは……?
市販の翻訳ソフトの使い方
前回の冒頭にも書きましたが、分量の多い翻訳は手間のかかる作業です。ネット上の機械翻訳は使えなくても、幸いなことに現在ではオフラインで使える翻訳ソフトの性能も向上して、図表やグラフ入りのPDFでも一括翻訳できるようになりました。
ある程度仕事が増えてきたら翻訳ソフトの購入を考えてもいいと思います。特に数式や特殊記号が多い文書、特許翻訳など特定の分野の依頼が多い場合、翻訳ソフトの訳文を修正しながら使い勝手を良くしていくことができるので、若干値段は張りますが、投資する価値はあると思います。
実は私は、別の恥ずかしい理由で翻訳ソフトを買いました。ずいぶん前のことですが、仕事や家事・子育てに忙殺されていた頃に、PDFで送られてきた雑誌記事のコピーを訳していて、写真の下にあった一段落をまるごと落としてしまったのです。提出前のチェックもおざなりにしてしまい、エージェントからの指摘で初めて抜けに気づいたときは、本当にショックでものすごく落ち込みました。まさに自分の目と頭を疑う事態だったのです。
それがトラウマになって、それからは抜け防止のために、短い文書でも翻訳ソフトにかけたものを保存して、ときどき2画面で段落を対照しながら訳すようにしています。訳文のチェックを最低3回と決めたのもこのときからでした。私自身は翻訳ソフトが生成したものを修正していく方法は取らず、打ちこむのが面倒な用語が多い部分などをコピーして下書きに使う程度で、使いこなせていないのですが、それはたぶん、使い勝手をよくする手間をかけるほど分野が一定していない(つまりバラバラ!)のと、本来ものぐさな性格のせいだと思います。
翻訳ソフトを使う場合の注意点はふたつ。ひとつは、訳の質です。原文をしっかり読みこんで丁寧に見ていかないと、機械が生成した安易な訳に引きずられて翻訳の質が低下します。皆さんも、ネット上にアップされている翻訳文を見たときに、これは機械翻訳がベースだなと感じることがあると思います。訳が間違っているとは言えないけれど、言葉の使い方にどことなく違和感が残るからです。
ところがこの他人の訳では感じる違和感が、自分が機械翻訳を使ったときにはほとんどないのです。翻訳ソフトで下訳した場合には、他人の目で訳文を見直す努力が必要になります。自分がどこまで客観的な目で訳文と向き合えるかは、短いコラムなどを翻訳ソフトを使って訳したものと、忘れた頃に自分で直接訳した場合を比較することでわかると思います。
もうひとつの注意点であるセキュリティの問題は、ITの進化にともなって深刻になってきました。過去には単なる翻訳機であったものが、販売元とオンラインで繋がったソフト、クラウド型へと変化しています。パソコンのOSも勝手に修正ファイルを送ってくる時代、販売元にその気がなくてもハッキングで情報漏洩する可能性が出てきたからです。営業用の高額な翻訳ソフトには機密保持契約がつきますが、個人用は無防備です。購入する際はクラウド型を避け、使うときもネット接続をオフにした状態で一括翻訳してWordなどに保存し、翻訳ソフト終了後にネットに再接続したほうが安全かもしれません。
いちばん簡単なのは、ノートパソコンの買い換え時に、古いほうに翻訳ソフトを入れてライセンス認証をとった後、Wi-Fiを遮断して翻訳専用ワープロとして使う方法です。バージョンアップで追加される新語は限られていますし、10年以上前のソフトでも問題なく使えています。
翻訳終了!
さて、翻訳作業がようやく終わりました。提出前のチェックは、1回目はパソコン上で、2回目はプリントしたものでやります。不思議なことにこの2回目で誤字脱字が結構見つかります。紙に印刷された文字としっかり向き合うからかもしれません。この時点で目は相当疲れているので、3回目は時間を置いて翌日に。この最終チェックはパソコンやスマホの読み上げ機能をスローモードにして、耳で原文を聴きながらチェックすることもあります。
今更の告白ですが、娘たちが小中学生だった頃は、半強制的なアルバイトで読み合わせに動員していました。機密指定ではない雑誌掲載用の翻訳文などを娘に読ませ、私は原文を見ながら、聞いていておかしい部分やリズムが狂ったところに赤線を引いて後でまとめてチェック。娘たちが難しい漢字でつっかえる度に読み方や意味を教えながら。成長してくると「ここは意味不明!」とか「ま、こんなもんでしょ」などの生意気も言うようになりましたが、それも今では懐かしく楽しい思い出です。
こうしてようやく翻訳が完成し…… と言いたいところですが、それでも最後の最後まで訳語に迷う部分、〇〇か△△か五分五分だなというときがあります。そういう場合はその部分に「○○という訳も可能ですが、こういう理由で△△としました」とコメントをつけて提出します。お金をいただくプロとしては完璧な訳で提出したい気持ちも、プライドもあります。でも、プライドが誤訳を招いては元も子もありません。自分なりに精一杯頑張った末に残った疑問は、疑問のままで校閲者にお伝えするようにしています。
また、発注元の企業(日本語訳なら日本企業)が、相手国の提携先が作成した自社製品のプレゼン資料や政府機関への申請書等の翻訳を依頼してきた場合には、単に相手国での販売状況を確認したいだけなのか、それとも提携先が自社製品の情報を正確に伝えているか(誇大広告や資料改ざん等)を確認するのが目的なのか、つまり発注の意図を確認したほうが良いこともあります。
一見ごく普通の文書に見えても、訳している途中で何かおかしいなという疑念が出たら、すぐにエージェントに事情を説明して、表現や用語などを直訳したほうがいいか、あるいは日本語文としての完成度を優先してよいかを確認していただくこともあります。こうした場合も「原文ではこう表現しています」等のコメントをつけて提出しています。
終わりに
前回の原稿を書いた後、世界最強と言われた韓国の囲碁棋士イ・セドル九段が引退しました。数年前に人工知能AlphaGoに敗れたのがきっかけだそうで「AIは倒せない存在だ」という引退の弁を残しました。一方で、日本では最弱AIオセロが人気だそうです。残った石が少ないほうが勝ちとプログラミングしてあるそうで、勝った人はAIが可哀相になるのだとか。日本には判官びいきが多いのかもしれません。
翻訳の世界でも、最近ちょっと興味深い例を見つけました。あるSNSサイトで「翻訳」をクリックしてみたら、どう見てもイタズラにしか見えない滅茶苦茶な訳が生成されたのです。このSNSに翻訳機能を提供している自動翻訳サイトでは問題なく訳されていたので、たぶんSNSサイトの中で、イタズラ目的で訳文を修正している人たちがいるのでしょう。深層学習をするAIはイタズラや悪意による修正も学んでしまうわけです。
実際に開発企業の社会実験では、そうした人間社会の現実を忠実に学んだAIが、女性蔑視や人種差別発言をするようになったそうです。機械翻訳に仕事を取られるのは嫌ですが、真面目に翻訳を学習しているAIが苦戦しているのがちょっと可哀相に思えて、SNSで滅茶滅茶な訳を見かけるとつい直してしまうようになりました。これも判官びいきかも。
大学卒業後に韓国に留学。研究者を目指すはずが、いつの間にか通訳・翻訳が主な仕事に。好きな言葉は인생은 나그네 길(人生は放浪の道)。流された先で頑張ればいいと自然体で生きています。人間ひとり、猫2匹と同居中。
「オンラインとオフラインの使い分け」前編はこちら
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