ひとつの工夫で、より理解しやすくなったり、自然な日本語になったりする。訳文作成には「ヒント」があります。サイマル・アカデミーの講師も務める翻訳者・三木俊哉さんが、全4回の連載を執筆。第3回のテーマは、「言葉をほどく」です。日本語の性質にあわせた訳文作成のヒントとは……?
英語を日本語に翻訳するとき、「言葉をほどく」ことを意識すると、多少なりとも作業がうまくいくような気がします。私が勝手に言っているだけではありますが、説明してみます。
前回、次のような英文を示しました。
訳例として、
という日本文を示し、さらに、この場合はおそらくsoftware = a toolと考えられるので、provide「提供(供給)する」という辞書訳語の呪縛から逃れ、
のようにも訳せると書きました。
今回はさらに、後者(2)の訳文を次のように展開させてみます。
ここには原文の動詞provideは、直接的には影も形も見当たりません。でもまあちゃんと読める日本語になっています。
日本語は「ほどき」と相性がよい?
(2)を(3)のように展開する、そんな行為を私は「ほどく」と呼んでいます。(2)は原文の構造をある程度尊重しながら、ひと息で一気に読む感じの訳文ですが、(3)はそんなことにこだわらず、「使えば」のところでいったん切れて、いわば息継ぎができる文になります。読んでいてやや肩の力が抜けるというか、リズムがとりやすいというか……。
先日、村上春樹さんと柴田元幸さんの『本当の翻訳の話をしよう』という本を読んでいたら、村上さんが「(言葉を)開く」という表現を使っていました。ちょっと近いかもですね。「英語から日本語に訳し……ある段階で英語を隠して、日本語を自分の文章だと思って直していくんです。固い言葉があると少しずつ開いていく。だからどうしても柴田さんの訳より、僕の方が長くなっちゃう」と、そんなふうな言い方でした。なるほど。
文をほどくと、英文の構造をそのまま反映した、いわゆる直訳的で生硬な日本文から脱却し、比較的読みやすい訳文をつくることができます。あくまで私の感触にすぎませんし、「ほどく」を明確に定義せよと言われると困るのですが、たとえば、単文をふたつの節や文に分解する、名詞を動詞に、あるいは形容詞を副詞に変換してみるなど、やり方はいろいろ考えられそうです。
日本語は構造的に「前重」になりがちなので、そういう意味でもほどいたり、開いたりしてやったほうが読みやすいのかもしれません。
↓
英語は「閉じ」と相性がよい?
一方、英文はほどくよりも、むしろ閉じたほうが
たとえば、
という日本文を英文にしてみましょう。
これはif節のあとでいったん息継ぎする、文をほどいた形です。では、ほどかずに閉じてみたらどうか?
人ではないもの(行為)が主語の、まあ英語っぽいといえば英語っぽい文になりました。
あくまでコンパクトに
先の(2)をほどいて(3)に展開したときは、たまたま(?)字数が減りましたが、多くの場合、文をほどくと字数が増えがちです。村上さんの発言もまさにそのことを指しています。上の(4)を(5)にしたときも、わずかに文が長くなりました。英文に関しても閉じた(7)より、開いた(ほどいた)(6)のほうが長めです。
ただ、長くなって当たり前と開き直るのではなく、ほどきながらもコンパクトな文をめざすことをおすすめします。そうしないと、長ったらしく説明的な記述になりかねません。同じ内容をできるだけ簡潔に言い表すというのも、文章作成の重要な訓練のひとつです。
たとえば、先の(5)の文、
これをもっと削れないでしょうか。
些細といえば些細なことですが、この場合は(8)のように「彼女は」を削っても意味は通じそうです。(この件は次回に少々続く)
「言葉をほどく」とひと口に言っても、その方法はいろいろ。研究者のようにきちんと定義・類型化できなくて恐縮ですが、以上、簡単な例や考え方を紹介しました。少しなりとも参考になれば幸いです。
【続きはこちらから】第4回(最終回)「主語というもの」
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