十代目 松本幸四郎(歌舞伎俳優):前編【思いを伝える。この道を生きていく】

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通訳・翻訳業界を飛び出し、様々なジャンルのトップランナーにお話を聞く「思いを伝える。この道を生きていく」。道は違えど「プロとして学び、働き、生きていく」人の熱い思いや生き方に触れてみませんか。
記念すべき初回は歌舞伎俳優の十代目松本幸四郎さんが登場。歌舞伎の可能性を追求し、挑戦し続ける日々を、前・後編にわたってお話いただきます。

十代目松本幸四郎(まつもとこうしろう)

1973年1月8日生まれ。二代目松本白鸚の長男。1979年3月、三代目松本金太郎を名のり初舞台。その後、七代目市川染五郎の襲名を経て、2018年に十代目松本幸四郎を襲名。日本舞踊松本流の家元でもあり日本舞踊協会の理事も務める。また、少年時代からの構想を劇団☆新感線で『アテルイ』として実現、2015年には歌舞伎NEXT『阿弖流為(アテルイ)』で上演を果たすほか、フィギュアスケートと競演した『氷艶』など多方面で活躍中。2025年開催の日本国際博覧会(大阪・関西万博)アンバサダーにも就任。

「歌舞伎のオンライン配信」という新たな挑戦

――コロナ禍により、対面であった通訳もオンライン実施が大変増えています。歌舞伎界でも今年、Zoomによる『図夢歌舞伎(ずーむかぶき)』という新しいスタイルの上演を始められました。そのあたりのいきさつを少しお聞かせいただけますでしょうか。

幸四郎(以下、幸):3月に出演予定だった歌舞伎座公演が2度の延期の末、中止になりまして。それ以降、僕は7月まで予定が決まっていたんですが、4月の四国の金丸座の公演も、5~7月の(市川)海老蔵さんの團十郎襲名興行も中止になったんです。次に何をするというものが決まっていないというのは、まあ幸せなことですけれども、何十年ぶりという状態だったんですね。次が決まっておらず、時間だけがあるという状態の中、歌舞伎というものがどうなっていくのかと考えると……何かを発信しなければと思いまして。それで、舞台でなければ、舞台がなければ役者は何もできないのか? と自分に問い始めたんです。「歌舞伎をしたい」「歌舞伎を多くの人に観ていただきたい」という強い思いがありましたから、もちろん、舞台で生で演じ、客席で観ていただくというのがそもそもの形ですけれども、芝居をする、芝居を観ていただくということに特化すれば、舞台だけしかない、ということはないんじゃないかというふうに思って。今は配信という場があるなというふうに思って動き始めたという感じですね。

――オンラインでやってみようと思われてから、実際に動き出して形にするまでは、どのくらいの期間だったのでしょうか?

:実質、ひと月だったと思います。『図夢歌舞伎』をやったのが6月ですが、初めて打ち合わせしたのは6月に入ってからでしたね。『忠臣蔵』は本来1日中かかるような大変な分量の作品ですけど、それを5本の1時間作品にしました。実際やるにはソーシャルディスタンスをとるため、ひとつのカメラに基本ひとりしか映れないなど制約もありましたが、とにかく今、発信するんだと。どれだけ早く配信できるかっていう、スピードが凄く大事なことだと思ったんで、そこを優先しました。だから本当に時間との戦いという感じでしたね……。

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今春、公演が中止となった歌舞伎座では、医療従事者への感謝を込めたブルーライトアップが行われました。

「絶対にできるんだ」という強い思いで、行動を起こす

――それまでオンライン配信については全くご存じなかったと伺いました。どんな点で試行錯誤や苦労をされましたか。

:ひとつは、「歌舞伎を演じる」ということで『仮名手本忠臣蔵』というものを基に作っていったわけですが、いわゆる映像的に演技をするのではなく、劇場でやっているものを演じると。そういう意味で、きっちり歌舞伎をするってことが自分の役目だなと思ったんで、そこがものすごくプレッシャーでした。それまで、それこそ数か月公演していませんから、そこから歌舞伎役者が初めてやる歌舞伎というものをお見せするものになるので、きっちり歌舞伎をできるのかっていう……。

技術的にも、芝居では必ず会話をしますが、相対して同じところにいられないので、同じセットを二ヵ所に作り、それぞれに撮って合成したものを前の画面で見ながら高さを確認するといった作業で……。これはもうまったく、歌舞伎以前に舞台で演じるということと違う環境でしたので、そこで堂々と歌舞伎をすることの難しさがありましたね。音楽も本来は生ですけど、それも集まれませんから、事前に稽古をして、その曲のテンポを録音してもらって、それを再現しないと音楽に合いませんのでね(苦笑)。しかも、色々な作り方がありますが、ドラマなど1時間の映像作品を作る場合には大体5日間とかかけて撮るんですけど、それを1日で撮ったんですよ。本当に無謀なことではあるなと思いましたが(笑)、それはもう「やるんだ」ってものを掲げるっていうことで「絶対できるんだ」と信じて、ただただその思いで動いたって感じですねえ。

……もう本当にね、全然あてもないし、Zoomって何だろうっていうことにもなりましたけど(笑)、でも「今、これができるんじゃない?」と。それで行動を起こしましたね。できたらいいなと思っているだけではどうにもならないので。ほかにも、Zoom対談とか、役者自身から発信するYoutubeの登録チャンネルなども実施しました。で、やっぱり歌舞伎を演じる場、歌舞伎をする場、役者、衣裳や床山や大道具や照明など、歌舞伎は日本にしかありませんから、これは当然と言えば当然なんですけど、世界一の職人だらけなんです。その職人たちの手を動かしたい、そういう場を作るべきだっていうふうに思ってたんで。人間の体って、大体2週間寝たきりになったら歩けませんから、それは技術もそうだと思いますよ。この技術がなくなったら、それをまた生み出す方法がないんじゃないか。それも原動力になりましたね。

――配信前と配信後で、関係者の皆さんの意識など、何か変わられましたか。

:どうでしょう……。ひとつ形になったので、そういう意味では歌舞伎をする場というものが新たに誕生したっていうことはあると思います。ただ、本当にそれはこれからですね。僕は映像としての歌舞伎というのは存在し得るってずっと思っているんです。『図夢歌舞伎』をやった時は、場がここしかない、ここに見つけた! っていう思いでやっていましたが、今後も、劇場に行って観る歌舞伎、家で好きな時に観る歌舞伎という選択肢として存在してほしいなと。ですから、舞台でできない時にこれをやったということではなく、これからずっと、歌舞伎を観る、歌舞伎をする選択肢の引き出しのひとつとして存在するものに発展してほしいというふうに思って僕は取り組みました。

配信は好きな時に、好きなところから好きなところまで観られる。――自分に合わせてやってくれるんですよね。それでいいじゃんってことになるかもしれない。そんな時に「何で劇場でやるのか」っていう意味がないといけないなと思っていて。「その場所に、その時間に行かないと観られない」というのは、これはもう正直、時代錯誤ですよね。でも、僕はそれが劇場で芝居をやるっていう長所だと思うんです。生で観ることも大きいですけど、予定を立てるっていうのがひとつのイベントというかね。その場所に、その時間に行って何かを観るってことも、ひとつ日常生活から離れ、日常を忘れる空間になるんじゃないかと思って。今回のことで、そういう根本を考えるようになったかなと思いますね。どんどん配信での歌舞伎ってのは発展していってほしいんです、僕は。それは真逆なんで。でも「何で劇場でやるのか」って意味というか、劇場じゃないと味わえないことっていうのはしっかり考えなきゃけないなって思ったりはしましたね。


松本幸四郎、自宅で隈取【歌舞伎ましょう】

どんな状況の中でも歌舞伎ができることを探し続ける

――舞台公演が軒並み中止となった時はどんなことを考えていらしたのでしょう。当時の心境などを少しお聞かせいただけますでしょうか。

:僕はもう漠然と……このまま待っていたら、歌舞伎自体がなくなると思いましたね。ですから、この状況の中でどこで歌舞伎ができるかってことを探さないといけないって。

歌舞伎はもう400年以上の歴史があります。エンターテインメントは世の中が平和で豊かな中で生まれたもので、歌舞伎は鎖国によってバブルになったものです。だからといって、日本がずっとバブルだったわけではないし、長い間には時代も変わったり、戦争や災害などもありましたし。そういう中でも必要とされるものであったから400年以上の歴史があると思うんです。ですから、未曽有の事態ではありますけれども、その時々にどこで何ができるかっていう事を見つけてやってきたからこそ生き残っているものだと思うので、この事態にどこで歌舞伎が存在できるんだろうと考え、それを作り出すということではないかなあと思いましたね。

(現在の歌舞伎座公演は)4部制で4組の座組がいて、全部演目が違って、稽古は舞台で2日間……。これは他の演劇ではたぶんできないですよね。別に歌舞伎だからできるわけじゃないですけど、型っていうものを継承して、一年中舞台に立っていた、そういう蓄積があったからこそできる……っていうとおこがましいですけど。役者さんも完全入れ替えですけど、大道具さん小道具さん衣さんに至るまで全員入れ替えなんです。それができるところは、本当に歌舞伎の強みだと思いますね。

自分に引っかかるものを探しに、歌舞伎の世界に来てほしい

――歌舞伎の底力ですね。お話は変わりますが、幸四郎さんは古典のアレンジや新作歌舞伎、海外公演などにもお力を入れていて、世代や別言語への橋渡しのようなお役目をされているようにお見受けします。昔とは意味の異なる言葉や言いかえが難しい表現などを伝えるために、どのように工夫されているのでしょうか。

:難しいですね……。歌舞伎は演劇だって認識を僕は持っているんで、感動していただくっていう目的でお芝居を、歌舞伎をやっています。……じゃあ現代劇でやるのが一番伝えやすいんじゃないかってところではあるんですが、そこのなんていうか、ひねくれ感が好きではあるんです(笑)。伝統ある芸能ではありますけども、伝統がない(歌舞伎ができた頃の)江戸時代でさえ、やっていた演目は『太平記』のような時代物が一番人気だったんですね。ということは、その江戸の人からしたって何百年前の時代の話をやってるわけですよ。時代劇って言っちゃうと意味が違ってきちゃうかもしれないけど、生活や環境、身分などまったく違う時代のものがやられてたわけです。江戸の人にとっても昔の話なんですよね。言葉も違うし。だから、ずっと日本人は時代劇が好きなんですよ(笑)。

――昔から日本人は時代劇が好き。

:そうなんですよ! だから別に、今だから、殿様とかなんとかっていうのはわからないっていうけど、江戸の人も同じ状態なんですよね。しかも当時の識字率は低いですから、言葉を知るとか本を読むことができない人は今より圧倒的に多くて、その状態で歌舞伎を観ていたわけなんですよ。でも、かと言って、わかりやすい言葉にしていくことが伝えるベストとは思わないというか。まあそれも含めて、別世界に、歌舞伎の世界に来てください、何か感じてくださいってのが正直な気持ちですね。

――歌舞伎の場合、ノンバーバルな部分も多かったり、例えばお化粧で善人・悪人が一目瞭然で分かるなど明快な部分もあるかと思いますが。

:そうなんです。知れば知った分だけ楽しみ方が増えますし、かと言って、情報がないと何もわからないというものでもなくて。まあ、感覚で観てもらえば。何か探しに来てもらうっていうのが僕が良く言うんですけど、何か探しに来る感覚で、自分にひっかかるものを探しに来る感覚で来てもらうといいんじゃないかって思うんですね。歌舞伎独特の色彩や絵、音楽、お化粧……。客席も、それこそ僕の今やっている役を僕のひいおじいさんがやるのを観たことがあるっていう人もいれば、絵の勉強をしている外国人もいる。これだけ年齢層もジャンルの幅も広い人が集まる客席ってのは歌舞伎が突出しているんじゃないかと思うんですね。その客席を感じるのが面白いですし。だから、ナビしないってことが一番のナビじゃないかと思うんですよね。……僕は「わかりやすいものです」とは絶対言わないんです。「わかりにくいもんです」って言います、それを聞かれれば。だって、言葉も違うし、設定自体も現代は存在しないですから。

――歌舞伎には、日本人でも文化的背景や当時の社会的知識などがないと理解が難しい点もあるかと思いますが、海外の方向けにイヤホンガイドや海外公演での字幕、英語解説役を舞台に出すなど、別言語で伝える際に通訳や翻訳などの担当スタッフに望むことはありますか。

:そうですね、同じ意味合いでも言葉や表現ひとつで受ける印象や伝わり方は変わるので、そこを大切にとは思います。それから、やっぱり(歌舞伎は)わかりにくい、難しいというイメージがありますので、そういう意味では安心するための存在じゃないかと思っていますね、イヤホンガイドなどは。わかるということは安心することにつながりますし、安心すればするほど、観る気持ちっていうのが開放されていく気がするんで。

先ほどナビをしないって話をしましたけど、まず、(イヤホンガイドなどは)ナビをするものですよね。でも例えば、もしバスガイドさんが「はいっ、皆さん、こっち見てください! こっちにこれがありますよ! 今! 見てください、今これがいい景色ですよ!」って案内をしたら、ちょっと待って……って感じになりますよね。全部を説明しきるのではなく、少し添えるようにお伝えすることで「ああ、そうなのか。あれがそうなのか」ってすっと入ってくるし、知ったことでその時間が楽しくなるってことなのではと思うんです。だから、情報はいるんですけど、情報だけではないんでしょうね~。安心してもらうためにはどんな情報がいるかって部分は難しいんですけれど(笑)。

ラスベガス公演の『鯉つかみ』の時には歌舞伎のアクションに一番大きく重点を置きました。『獅子王』も視覚的なものですね。それと聴覚。音楽、台詞――音楽ってのは人の声も含めた楽器っていうものですよね。また、歌舞伎の型を使うことにこだわりましたね。下駄でタップをしますけれど、これは『高坏(たかつき)』という古典歌舞伎にありますし、宙乗りも江戸時代からあるわけで。すべて歌舞伎の持っている引き出しだっていうことが情報として、観てる時なのか、観終わった時なのか、知っていただくと、何かさらに面白さを感じていただけるんじゃないかなっていうふうに思いますね。



構成:通訳・翻訳ブック編集部 


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