3回にわたりお届けする『ヘルスケア業界における通訳 ――クライアントからのメッセージ―― 』 。長年ヘルスケア業界に身を置き、現在は製薬・医療機器メーカーへのコンサルティング業に従事。通訳の現場にも数多く立ち会ったスリーロック株式会社の松田良明さんが、特にセールス・マーケティング部門で発生する通訳業務に関して押さえたい知識、通訳者に求めることなど、通訳を必要とする企業の目線からお話しします。
ヘルスケア業界の通訳について
【第1回のおさらい】
社内での通訳において押さえたい知識
まずは、 この業界に関連する事項、用語をカバーしておくことが基本です。解剖学、薬理学、薬剤学、疾患、薬剤や医療機器の知識、流通、法規、医療関連制度、プロモーションコードなどはもちろんのこと、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)も把握しておくべきでしょう。この法律は、医薬品や医療機器だけでなく、医薬部外品、化粧品などの定義も定め、健康食品の規制にも活用されるものであり、これら商品を取り扱う企業の通訳をする場合には、用語等々も含めベースとして理解しておくべきものです。それまでの 『薬事法』 が改正され、 2014年(平成26年)11月、名称変更と共に施行された法律です。
各国の医療制度の違い(※)についても押さえておく必要があります。会議において制度の違いを認識せず、ベースが異なった状況で実りのないディスカッションが続くといった時間の無駄は避けたいものです。そのあたり、状況をよく理解している通訳者がうまくかじ取りをしてくれることで、ディスカッションがスムーズに行くようになることも多々あるでしょう。
業界の流れ、トレンドに沿った内容についてもカバーしておくべきです。一例を挙げると、後発品(ジェネリック医薬品、オーソライズドジェネリック医薬品)やバイオシミラーの処方が更に加速する状況においては、そのあたりの状況や知識、そして製品名のみでなく一般名の発音も含めて準備しておくといったことなどです。
私が勤務しているスリーロック株式会社はヘルスケア業界に特化したコンサルティング会社であり、主にセールス&マーケティング関連の研修を製薬メーカー様、医療機器メーカー様に対し提供しています。地域包括ケアが叫ばれ、MRの役割が議論されている昨今、営業所長へ向けたエリアマーケティング研修や、価値提供にフォーカスしたMR研修をさせていただくケースも多くなってきています。そのあたりからも、この業界のニーズが読み取れます。これら業界の流れに準じた情報、知識を拡充しておくことも有益でしょう。
また、弊社が提供しているプログラムの一つに、「Global Pharma English」「Global Healthcare English 」があります。業務で英語が必要な方々に対し、この業界に特化した内容について習得していただくためのものです。ご参考までに、その番組でニーズが高く、取り上げることの多いトピックスを以下に提示します。
- 日本の医療の状況
- グラフ&トレンド
- マーケットダイナミクス(ステークホルダーと患者フローについて)
- バリューチェーン(薬事関連、サプライチェーン)
- PEST 分析(Political, Economic, Social, Technological)
- SWOT 分析(Strengths, Weaknesses, Opportunities, Threats)
- 患者および顧客
- 会議&テレカン
- 意見を主張する
- 問題解決
- ディスカッション / ディベート
- 効果的なプレゼンテーション
これらのテーマは、ヘルスケア業界に勤務されている方々が社用で英語を使う上で直面している現実的なニーズであり、通訳者としてもおさえておく事柄となるはずです。
略語の多さに注意
この業界の特徴の一つとして、用語に略語(Abbreviation)が多いことが挙げられるかと思います。疾患名、薬剤名などにも、略語が多く使われますが、これらは一旦覚えてしまえば大丈夫です。MHLW(Ministry of Health, Labour and Welfare: 厚労省)、PMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:独立行政法人医薬品医療機器総合機構)など、頻用される業界用語もある程度おさえておいた方が良いでしょう。これらは、日→英の通訳の際、少なくともはじめのうちは略語とともに全て言っていただいた方が親切かもしれません。
一方、社内用語になると各社さまざまな言い方があり得るため、十分に気を付ける必要が出てきます。同じ 「支店長」 や 「営業所長」 でも、Branch Manager(BM)、Regional Sales Manager(RSM)、Area Manager(AM)、District Sales Manager(DSM)、District Manager(DM)等々呼び方は各社様々です。そのあたりは、通訳する毎にクライアントに確認しておくべきでしょう。ちなみに、このうち “DM” は糖尿病(Diabetes Mellitus)の略語で使われることが多々あり、やっかいです。
社外の通訳において押さえておきたい知識
第1回で述べたとおり、会社外、すなわち社外のステークホルダー(医療従事者や患者)向けの場面での通訳は、レベルの違いはあるにせよ、まさにサイエンスそのものがテーマになるケースが多く、通訳者にはその分野・領域における高度で最新の知識、および日本での現況認識が求められます。また、統計学や調査関連の知識も欠かせません。
さらに、独特の俗語や隠語のようなものも知っておくと役に立ちます。「ゾロ」「ピカ新」「ギネ」「ウロ」等々これらおわかりになりますか? インターネットで検索すると出てくるので、見てみてください。
同じ単語でも、場面によって使い分ける必要がある場合もあります。この業界における 「コンプライアンス」ということばは、「法令順守」という意味と、「服薬順守」という意味でも使われます。そのあたり、文脈により訳語を使い分けることが必要です。
学習ソース
学習のソースとしては、文献(論文)、ジャーナルや業界専門誌(例:『日刊薬業』『RISFAX』『月間ミクス』 など)、その当該製品(薬剤、医療機器)のパンフレット、添付文書などが挙げられます。これらにつきなるべく広く多くあたり用語に馴染んでおくことが、より正確な通訳を行なう手助けになろうかと思います。
次回(最終回)は、ヘルスケア業界の企業として通訳者に望むこと、特に通訳が顧客満足度を上げることに繋がる事柄について述べさせていただきます。
(※)参考:医薬通訳事始め「第3回 各国の医療制度の違い」
スリーロック株式会社 エグゼクティブコンサルタント。
中央大学商学部卒業後、米国州立モンタナ大学にて MBA 修了。サイマル・インターナショナル創立者の一人である國弘正雄氏(故人)に師事。「同時通訳の神様」 との異名をとった同氏のカバン持ちとして、内外要人との数々の通訳の場面にも立ち会い、翻訳のサポート等も行なう。
主な職歴は、外資系大手製薬会社にて MR、プロダクトマネージャー、外資系ジェネリック医薬品メーカーにてマーケティング部長、医療機器メーカーにてマーケティング本部長、ヘルスケア調査会社にてリサーチディレクター。現在は、製薬・医療機器メーカーへのコンサルティング業務、Sales & Marketing関連の研修をメインに実行している。
【続きはこちらから】ヘルスケア業界における通訳 最終回
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