第5回 自分自身を知る【通訳者と声】

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聞き取りやすい日本語の発音、発声は優れた通訳パフォーマンスには欠かせません。このコラムでは、ボイストレーナー、ナレーターとして活躍中の轟美穂さんが、声のスキルアップに役立つ情報を、通訳者特有の課題に触れながらお伝えします。第5回のテーマは「自分自身を知る」です。

これまで数回に渡り、聞き取りやすく話すためのスキルについて、いくつかご紹介してきました。 今回は、それらのスキルを実現するための「道具」である自分自身に目を向けてみましょう。まずは、以下の質問にお答えください。

Q1. 一番出しやすい声の高さは?
Q2. 話し声で使っている音域は?
Q3. 話しやすいスピードは、1分間あたり何語位ですか?
Q4. 話し続ける時、どのくらいの頻度で休憩が必要ですか?
Q5. 本番前にどんな声の準備が必要ですか?
Q6. たくさん話した後は、どんなケアが必要ですか?
Q7. 声の調子が悪くなった時、どんな対処が必要ですか?

これらの質問の目的は、自身のありのままの状態を知ることです。「こうありたい」という理想や「こうしてほしい」と期待されていることは少し脇に置いておきましょう。
例えば、大事にしている愛車のことであれば、最高速度や燃費がどのくらいで、どんな特徴があり、日常の手入れの仕方から定期点検に出す場所まで、スラスラと答えられる方もいらっしゃるかもしれません。 現在のありのままの状態(性能)を調べてみましょう。取扱説明書に記載されている商品の性能説明(スペック)のように考えてみてください。質問の答えはスムーズに出てきましたか?

Q1~3:自分の楽な話し方を調べる 

ここではリラックスした状態で、自分が出す音を調べます。音を取るのが難しい場合は、音感のある人や声のトレーナーに手伝ってもらってください。

楽な声の高さ

一番楽と感じる声を出して、キーボードで確かめる事で確認できます。 A3、C4 のように、鍵盤にキーの名前が書いてあるアプリを利用するとわかりやすいでしょう。これまでに私が担当したレッスンでは、一番楽な声の高さと、実際に話している声の高さが全く違うことに気づいて驚く方もいらっしゃいました。

話声の音域

話している時にどのぐらいの音域を使っているでしょうか。自分の通常のパフォーマンスを録音し、キーボードを使って調べてみましょう。他の人のパフォーマンスを同時に調べると音域が広い人や平坦に話す人などがいて、話声の音域にはかなり個人差があるのがわかります。話す際に使える音域が広ければ、それだけ抑揚がつけやすくなります。

話すスピード

発音が崩れずに話せるスピードで話し、録音して語数を数えます。同時に仕事でパフォーマンスしている時のスピードも調べて、比較してみましょう。差はありますか?
話すスピードについては、アナウンサーがニュースを読んでいる時の速さがよく引き合いに出されますが、基準にしたいのは「自分が楽に話せるスピード」です。

 

やってみて上手くいかなかった、期待値よりも低かったとしてもがっかりしないでください。逆に、しばらくたってから測り直したら、以前の方が「スコアが良かった」ということもあります。これらの数値は、トレーニングの成果、経年変化、その日の体調などによって変化していくものです。自分のスペックを知る目的は、その変動に合わせて、負担をかけすぎない話し方ができるようにすることです。

Q4~6:声のウォームアップとメンテナンス

次に、Q4~6 までの声のウォームアップとメンテナンスについては、自分に合った方法を探して継続できれば理想的です。このコラムでも少しずつご紹介していますが、すでにご自分なりにメニューを組まれている方もいらっしゃることでしょう。
声のメンテナンスを継続することの利点は、声が出しやすくなるだけではなく、その日の自分の状態がわかるようになり、話し方の微調整ができるようになることです。

Q7: 調子が悪いときの対処法

調子が悪いときはどんな対処をしていますか? これまで自分自身を含めた多くの方のケースを見てきて一番よくある悪い対処の仕方は「誰にも言わないで頑張る」ことではないかと思っています。
通訳者に限らず声を多用するプロの方は、さまざまな理由から、調子が悪いことを隠して自力で乗り切ろうとすることが多いとも感じています。

通訳者は、自己発話時間=仕事中自分が話している時間の割合が長い職種であり、使い過ぎれば、当然故障もしやすくなります。 調子が悪くなることは、決して恥ずかしいことではありません。
同僚に伝えて仕事の一部をカバーしてもらったり、クライアントに依頼してマイクを使う、話す量を減らすなどの対処を一時的にしてもらうことはできないでしょうか? 助けを求めることはひとつの能力であると言われています。 少しの勇気で、声の負担が軽減され、悪化させずにすむかもしれません。

下記に対処法の例をご紹介します。

専門家に相談する 

耳鼻咽喉科音声外来について

声の調子の悪さが続いている時は、自己判断をするのではなく、耳鼻咽喉科の音声専門外来の受診をお勧めします。音声専門外来では音声専門医や言語聴覚士による治療が受けられます。 声の不調は突発的に起こり、さらに繁忙期で時間がないときに起こる、ということが少なくありません。困ったときにすぐに相談できるよう、近くの病院を探しておきましょう。

ボイスコーチをつける

メンターやコーチをつけているビジネスパーソンの方がいらっしゃいます。話し方も同様に、日頃から話し方について相談できる声のコーチがいると一人で悩まないで済みます。コーチは継続的に生徒さんの様子を見ていれば、生徒さんの変化、不調が見られたときにいち早く気づくことができます。また、その方が仕事で求められている話し方や、声の特徴について知っていますので、調子の悪さを抱えながらどうにかして仕事を継続せねばならない時に、ケアの仕方、今できる範囲での話し方、(良い意味での)ごまかし方までトータルでサポートをすることができると思います。


残念ながら、声の調子が非常に悪くなってから初めてレッスンに駆け込んでくる方もいらっしゃいます。そのような方には、声のレッスンはできず、先に治療に行っていただくことになります。そうでなければ、とにかく今できることを全部やるという体制で臨みますが、以前から知っていたらもっと早く対処できたかも、もっといろいろできたかも、などと残念に感じることもあります。

通訳者にとって声を大事にすることの意味 

今回は自分のスペック=楽に話せる状態を調べ、その状態を維持するためのケアについて考えました。教師や保育士同様、通訳者は声が出なくなると休職・離職のリスクが生じる職業です。 

自分の状態・能力を知り、負荷をかけすぎない話し方で仕事ができれば、そのリスクを減らす事の一助となります。大切な愛車のように、声についても日頃から手入れをしながら大事に乗りこなし、快適な職業生活を送っていただきたいと思います。

轟美穂(とどろきみほ)

ラジオ局アナウンサー、TVレポーターを経て、ナレーター、司会者として活躍。プロの通訳者のための日本語パフォーマンス向上講座、放送通訳講座などの講師や、仕事で声を使う人のコンサルティングも務める。2004年より京都在住。ヴォイスコネクション主宰。

【続きはこちらから】マスク着用時の聞き取りやすさ

 

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