最終回 通訳者に望むこと【企業視点からの医薬品GMP査察通訳】

GMP(Good Manufacturing Practice)とは、医薬品の品質・安全性を保障するために遵守しなければならない製造管理・品質管理の基準です。本連載では、長年医薬品の査察に関わってきた山岸俊彦さんが、GMP査察を成功させるために通訳者が知っておきたいポイントを全3回にわたりお話しします。

書類のチェック

プラントツアーが終わると、会議室に戻り書類のチェックに入ります。この際に見る書類については査察官から事前に要望されるものを会社側に用意しておいてもらい、その内容を説明していくことになります。その説明資料も、できるだけ事前に内容を確認させてもらうことができれば、よりスムースに査察が進むでしょう。この段階以降はDocument Checkで、2日目以降の主要議題となります。

査察で見られる書類(Document)の対象としては、次のような分類になるでしょう。

 a) 製造関連について

  1. 主要な製造設備の管理規定とその記録
  2. 製造設備の適格性 (Qualification) の確認記録
  3. 製造機器の校正(Calibration)と予防保全の規定と記録
  4. 製造記録書の承認された書式(MPR: Master Production Record)と個々の製造バッチ毎の記録(BPR: Batch Production Record)の内容と発行手順
  5. 製造方法のValidation(注1)の 記録(Protocol :計画書) とReport
  6. 機器の洗浄法とValidationの記録
  7. 包装、製品ラベルの発行・貼付手順と記録

 (注1)Validation:その方法で行えば、間違いなく適切な品質の製品が製造できること、適切に洗浄が行えることが確認できるデータを得ること。

 b) 品質管理・品質保証(2つ併せてQuality Unit)関連について

  1. 分析用サンプルの受け入れ記録と試験実施の経過確認記録(Log book)
  2. 分析結果(データ)の記録と照査確認の記録
  3. 分析記録書(LCR: Laboratory Control Record)の内容と発行手順
  4. 分析法Validation(Method Validation)の記録
  5. 主要分析機器の適格性確認記録、校正と予防保全方法と記録
  6. コンピューターのデータ管理システム
  7. Data Integrity Program and Procedure(データの一貫性確保とその方法)
  8. OOS(Out of Specification)の管理手順(SOP)とその対応記録

 c) 品質保証関連(Quality AssuranceまたはQuality Unitとして)

Quality Unit の内、品質管理(QC)以外はQAが品質保証業務の責任を持ちます。

  1. 原料受け入れ・管理システム、保管(在庫管理)システム(倉庫管理)
  2. Quality Unitの責任業務内容
  3. 各部署・社員の責任担当業務(Job Description)
  4. 品質保証システムと各種手順(SOP)(注2)の内容
  5. 出荷許可判定(Release)の手順 (工場からの出荷(Shipment)とは異なる)

(注2)Deviation(逸脱管理)、Change Control(変更管理)、CAPA (Corrective Action and Preventive Action:是正処置)、Complaints (苦情処理)、Recall (回収)、Internal Audit(内部監査)、Employee Training(教育訓練)、Validation Master Plan (バリデーション実施基本方針)、Supplier Qualification(原料等の供給者適格性管理)、リスク管理計画(Risk Management Plan)、OOS (b-8参照)。

 

 

上記の内、査察官が希望するものを時間内で見ていくことになりますが、


a) 製造関連では、設備の管理記録、そして実際の製造記録(BPR)は間違いなく見られると思います。BPRがどのようにして発行されるかも確認されます。これは製造工程で何かミスがあった場合に、それを担当者が隠そうとして、新しいBPRが勝手に発行して使われないようにするために、対策が取られているかを確認する目的で調べられます。またその製造方法が「規格に適合する適切な品質の製品を製造するための適切な方法であること」を示すValidationの結果も重要事項であるとみなされ、査察対象になることが多いです。

b) の中では、a) のBPRに合わせて同じ製造バッチ(or Lot)の分析記録(LCR)を精査します。またLCRの発行手順もBPRと同様に確認されます。その他、使用している分析機器の管理が適切かを見るために、校正記録(Calibration Record)も査察の対象になります。適切に管理されていない分析機器を使っていたのでは、適切な試験分析は出せないとの考えからです。

不適切な試験結果が出た時にそれを無断で破棄していないかは、一番神経を尖らせて調べます。一度出た試験結果は、正当な原因調査結果がない限り、破棄できないからです。この点を確認するために、試験記録書も製造記録書も担当者レベルで勝手に再発行していないことを確認していきます。(LCRの発行手順の確認)

c) については、査察官が指定する個々のSOPの内容説明とその記録を見せるように言われます。その内容に不備がないかを査察官は調べていきますが、どこか1つでもおかしい点やつじつまが合わない点、特に日付から見て実際の内容と記録が合わないような箇所が見つかると、そこから関連する他の文書の記録を次から次へと調べられます。問題が発覚すると、最終的に指摘事項として「FDA 483」の書式が査察の最終日に発行されます。

SOPの中でも重要度が高いものは、それまでの手順や設備等を変更する際の「変更管理」のSOP、規定されている方法や許容された範囲から操作条件や結果が、外れた(逸脱した)場合の原因調査と対策を立てるための「逸脱管理」のSOP、そして品質試験室で行った試験結果が、決められた規格からはずれてしまった際の原因調査と対策を行うための、OOS(Out of Specification)のSOP等です。これらについて、それぞれどのような手順で調査や改善、変更申請を行うのかを、わかりやすく会社側から説明することが必要です。

これらの説明には文字、文章だけではなく、図(イラスト)とわずかの単語を主体としたフローシートのような説明資料を用意しておくと、査察官にもわかりやすく伝えられると思います。もし機会があれば、エージェント経由で事前にそのフローシートを準備してもらえるよう依頼しておくとよいでしょう。文字だけの説明では相手にイメージが伝わりません。それぞれの説明資料も事前に見せてもらっておくと共に、書面で説明内容を受理しておき、会社の方が説明しようとする内容を理解しておけば、スムースな通訳ができると思います。

上記の内容の書類チェックが、3日間ほどかけて行われます。この間、通訳者は査察官からの質問を的確に理解して会社側に伝えなくてはなりませんが、査察の全体の流れとその意味合いを理解しておけば、各質問の意味を会社側に伝えられ、適切な回答を会社側から引き出せると思います。

企業として通訳者に望むこと

通訳者の方に期待することは、単に査察官の英語の内容を日本の企業(査察を受ける会社)に伝えたり、日本の会社の人たちが話すことをそのままFDAの査察官に英訳して伝えるのではなく、査察官の聞きたがっていることを確認して、日本の会社に理解してもらう、また日本の会社の人が言うことを理解して、それをそのまま英訳してよいか確認しながら通訳できると 査察がスムースに進行し、査察を受ける会社からも信頼を得ることができるようになると思います。

最初は難しいかもしれませんが、場合によっては「そのように言うと○○○のような質問が返ってきますよ、大丈夫ですか?」のようなところまで確認できる位のプロフェッショナルな通訳者をめざしていただけるとありがたいです。

 

そのために「査察の流れ」で述べた内容をご理解いただければ、今どの段階の質問が行われているのか、この後どんな展開になっていくのかがわかり、ある意味で査察をうまく進行する役割を担えることになり、査察官と査察を受ける会社の双方にとって、有用(優秀)な通訳者と思ってもらえるのではないでしょうか。

 

通訳者の方は、日本の会社と共に査察官が知りたがっていることに的確に回答していただくことで、結果的に良い査察ができた、と査察官に思ってもらえるのが理想的かと思います。ただ「聞かれたことに的確に答え、かつ聞かれていないことまでは答えない」という原則も忘れてはいけません。つい「あれもこれも話した方が良いのでは、」と思われるかもしれませんが、それはtoo muchでしょう。この点も忘れずに査察を受ける会社に、教えてあげていただければ素晴らしい通訳者になれると思います。

 

また途中に何度も述べてまいりましたが、査察の本番前にできるだけ、査察を受ける会社の方たちと事前打ち合わせを行い、会社の説明資料の内容確認を行っておくことが、査察成功のためには重要かつ必要なことと思います。是非ともこの時間を取ってもらえるよう、エージェントを通じて、協力をお願いしてください。

 

山岸俊彦(やまぎしとしひこ)

大手食品会社の医薬品工場、研究所での業務を経て、本社にて医薬品開発に従事。
米国医薬品開発のコンサルティング会社主催の「FDA対応の医薬品開発上のRegulationのセミナー」に1か月間参加。その間、医薬品原薬のFDA定期査察、製薬会社の定期的なGMP Auditの対応も担当。

その後、新規の原薬開発を進め、米国の製薬会社への供給販売を目的に交渉を進めると共にFDAに提出するDMFの作成、FDAによる承認前査察(PAI)を担当。退職後、別の食品会社で医薬品原薬のFDA査察のために、GMP対応の業務指導を担当している。

【最初から読みたい】医薬品GMP査察の通訳――企業の視点―― 第1回

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